中学二年、秋 前編
つい半月ほど前までは煩いほどに蝉が鳴いて、少し日向に居ればじりじりと痛くなるほどに暑かったのに、気付いたらずいぶんと陽も短くなって雲が薄くなってきたように感じる。
放課後の教室に差し込む日差しは夕焼けに近付いている。校庭で走り込みをする集団が小さく見える。フェンスの向こうでは敷地外を散歩する犬がその掛け声に驚いたように駆け足で歩いていた。
小学校を卒業して、生まれて初めての制服を身に付けて。おれは中学生になった。
今は浮き足立っていた新入生でもなければ受験生でもない、すっかり中弛みの時期。彼女の惚気話をしながら髪のセットが板につき始めた同級生も居れば、寝癖全開で昨夜見たアニメがどうの早口で語り合う同級生も居る。
彼女も居なければ異界への扉も開けないおれは相変わらず友人たちと下らない話で笑いながら遊び続けていて、けれどおれには部活に夢中な友人みたいに心血注げるものもない。志望校を絞って塾に通う友人も尊敬する、おれは塾通いも何となく冬からで良いかと考えている程度でまだその先を何も決めていないし何もしていない。
明日の小テストですら面倒くさくて仕方ないのに、何故学校が終わったあとまで勉強のために拘束されなければならないのだろう。
でも本当はそろそろ進路を真剣に考えるべきなんだろうな。そんな事を最近は考え始めていた。
『いま委員会終わった!まだ教室いる?』
机に置いていたスマホが低く唸っている。ちらりと覗けばステータス画面には友人からのメッセージが表示されていた。
『まだいる。早くノート返して』
『まじごめんね!急いで行く!』
『うん』
『そいえば今日心スポ凸配信やるんだって。一緒に見る?プールから家直行すれば始まるまでには帰れる』
『一人でみて』
返信を終えてスマホを伏せる。背もたれに体重を預けて背伸びをすると、諦めきれないのか友人が幾つもメッセージを連投しているようだった。スマホを弄っていないで早く移動してきて欲しい。
友人は怖がりのくせに最近ハマったのかオカルトが好きだ。家族は嫌がってリビングでは見させてくれないから自室でしかそういった配信や動画を見られないが一人で見るのは怖いのだ、と言ってしょっちゅうおれに声をかけてくる。
今日は委員会のあと市内のプールで外部練習だから帰りが遅くなると嘆いていたはずなのに、配信予定を知ってやる気が漲っているらしい。
そういったものは間に合っているから見ないと言えたら楽なのだろうか。そんな取り留めもないことを考える。
おれにずっと憑いている悪霊のようなもの──あいつは未だにおれの近くに居るままだ。嫌がらせもまだ続いていて、幼い頃から続く睡眠妨害だとか靴の中に覚えのない砂を大量に入れられるだとかの些細なものから、外出時に押されたり足を掴まれたり物が落ちてきたりと、状況次第では命に関わるものまで多岐に渡っている。
最近では物理的なものは回避出来る事も増えてきたが、まだまだ油断は出来ていない。
昨夜は馴染みのない古い民家にぽつんと立っている夢を見た。おれの他には誰も見当たらないそこで、姿は見えないけれど何か恐ろしい気配のものが暗い廊下の向こうからずるずると音を立てて迫ってくる、そんな夢だった。ああいう夢を見ている時、どうして人は走り辛くなるのだろう。
悪夢の全てがあいつによるものだとは言い切れないが、少なくとも昨夜のそれは確実に原因があいつであることは確かだった。魘されてようやく目覚めた時、枕元であれが愉快そうに笑いながらおれの様子を窺っていたからだ。
現実でこうなのだからわざわざ自分からそんなものを浴びる行動をしたくはない。静かになったスマホをポケットに入れて視線を外に向けると、さっきまで校庭を走っていた連中が投球練習を開始したところだった。
「風呂上がったよ」
「はーい。宿題は終わらせた?」
「夕飯の前にやったってば」
冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出して母に声をかけると、テーブルに置かれた父の分のおかずにラップをかけているところだった。どうやら今日も帰りが遅くなるらしい。
階段を昇りながら麦茶の蓋に手をかけて、思い直してやめる。先日同じことをして盛大に中身を溢して怒られたばかりだったことを思い出したためだ。
自室の扉を開けると、暗い部屋の中でスマホがちかちかと光って天井を薄く照らしていた。照明を点けて画面を眺めると、友人から幾つものメッセージが届いているようだった。
ベッドに座りながら確認をすると、その間にもどんどん新着通知の知らせが来てげんなりする。せっかく風呂でさっぱりして気分を良くしてきたところなのに。
『いま絶対うつった』
『木のとこ 右のとこ』
『まってなんか』
『声するよね?』
『こえー!!!』
『ねえちょっと見てよ??』
『むししないでまじ』
『まじオレお前しかいないんだって』
『一人にしないでたのむ』
友人が好きなキャラクターがデフォルメされて泣いているスタンプが連投されている。最初はグループにURLを貼って実況していたらしいが皆忙しいのか呆れているのか、誰からも相手にされずおれの個人の方に粘着することにしたようだった。
『風呂ってた』
『まってた!!!みて!!!』
『やだ』
『なんで!!!!!』
ずいぶんと未読が溜まっていたメッセージを遡る。連投のせいでとにかく探しにくい。
スクロールするのを待ちきれないように次々とメッセージが届いて鬱陶しい。一回黙って、と返信すると涙目の絵文字が一つだけ送られてきた。
『そんなに怖いの?』
『怖い!!見てる??』
『見てない、興味ない。怖いなら見なきゃいいのに』
『だって見たいんだもん!!』
うざ。女子ならギリ許せるのにな、と思いながら今度こそペットボトルの蓋を開けた。薄く結露し始めている。
毎日泳ぎまくって無駄な脂肪の一つもない同級生が甘えてきたところで可愛くも何ともない、不快な気分になるだけである。
痺れを切らしたのか友人が再度URLを貼り付けてきた。みて、はやく、と短文のメッセージが次々と届く。
ため息をつきながらベッドに寝転がってスマホを横画面に持ち直した。
「だりー」
一瞬でも見て感想でも言えば気が済むだろう。タップしたその先では、開始から一時間近く経過したらしい配信の様子が映し出されていた。
流れていくコメントから察するに、どうやらどこかのトンネルの一番肝にあたる部分で配信者がぼそぼそと話しながら何事か起きるのを待ち構えているようだった。心スポに詳しくはないからどこのトンネルなのかは知らないが、背景に見える木々の多さから結構な山の方なんだろう、と推測をした。車の一つも通らない。
照明に寄せられた虫が画角に入っては消えていく。絶対こんなことしたくないな、と思った。話すうちに蛾が口に入ってきそうだ。
周囲が気になるのだろう、配信者のきょろきょろした目がライトを反射して妙に目立っている。
──でね、前回行った廃屋あるじゃないですか。そう、二階でおもちゃが散乱してた家。あそこ行ってから俺肩凝りやばくって。いやほんとほんと、痛いレベルでキツいんですよ。
──いや今回も結構キツいかもな。重いもん。え、あれ見てから金縛りになった? やば。ごめんね。金縛りって怖いよな! 俺もさあ。
あくびが出た。まだ寝るには早いし明日のために見直しもしておきたいけれど、宿題は終わらせたという最低限のノルマは達成したから寝ても許される気がしている。
悪夢のせいで昨夜はあまり寝られなかったから、今日は早く寝てしまいたい。
「そういえば、金縛りってなったことないな」
配信者は引き続き自分の体験談を話している。金縛りの最中視線を感じたとかお経を聞いたとか、よく聞くようなありふれた話。
半分寝ている状態で見る夢のようなものとほんものの幽霊によるものと、金縛りの真っ最中の人間には区別がつくものなのだろうか。
味わったことのないおれには分からないことではあるけれど。
「金縛り? なりたいの? 変わってんね、おまえ」
「……うわ、居たのかよ」
独り言のつもりだったそれに返事があった。天井近くに浮かんだそいつがおれを見下ろしている。
おれが中学に上がって、こいつは更にはっきり見えるようになってきたと思う。それの原因は未だによく分からない。おれの霊感が上がったとかであれば他の幽霊が見えても良い気がしているが、おれに見えるのはこいつだけだし、今のところこいつもおれ以外に姿を見られたことはない。
一体何なんだろう、と思いながら見上げる。最近では、たぶん二十代くらいの若い男だろうか、という判別が出来る程度には表情や顔付きが見えるようになっていた。血の気がなくて、にやにやしていて、底意地の悪さを隠そうともしていない性格の悪い何者か。
「つまんないから、あまり好みじゃないんだけど」
「一応聞くけど。つまんないって何が」
「反応ないと面白くねえだろ」
無抵抗の相手甚振ってもな、とそいつが笑う。思い返せば確かに眠っている時にされる嫌がらせは気付いてすぐに暴れれば解放されていたな、と関心してしまう。嫌な方向に徹底している。
「期待に沿う方がつまんないよね」
「おれは期待してねえよ、一つも! ほんとに性格悪いね、クソ悪霊」
配信者が小さく悲鳴を上げた。茂みから音がした、と立ち上がって辺りを警戒している。
シンプルに獣も居そうな場所で、自分一人しかいないという状況は色々な意味で怖いだろう。そろそろ撤退するのか、荷物を纏め出している。
これと言って何もなかったね、と友人にメッセージを送って配信を閉じた。充電器に繋げて放り出したスマホにすぐに通知が届く。友人が即レスして来ているのだろう。
着信音のボリュームを下げて一息つくと、じわじわと押し寄せてきた眠気に抗うのが難しくなってくる。ああ、電気を消さないとまた怒られる、と思いながらおれはゆっくり目を閉じた。
週末のショッピングモールは、予想はしていたが酷く混んでいた。おれたちみたいな年代の中高生がバカ騒ぎしている集団も居ればベビーカーに大荷物の家族連れも居るし、歩きにくそうなくらい密着して歩いているカップルも居て、各々がひしめき合って店はおろか通路でさえも混み合っている。
首をごきごき鳴らしながら歩く友人を横目に、カップに残った最後の一口をストローで吸い切った。手を伸ばしてきた従業員に頭を下げて空の容器を差し出しながら、パンフレット買うの、と友人に尋ねる。やっぱり買わない、と返す友人にだろうねと笑った。
「思ってたより恋愛寄りだったね」
「ね! 完全に気まずかったし男二人で観てんの。どうりで周りカップルばっかだったわ」
予告は完全にアクションものだったじゃん、と拗ねたように友人がスマホを取り出す。おれも続いて機内モードをオフにした。
土曜は珍しく一日部活が休みだから映画観に行こうよ、気になってるのあるんだ、と誘われて、言われるがままに着いてきたもののおれも少しくらい調べておけば良かったと思う。
前半こそそれなりに動きのある面白い映画だと思ったが、後半になればなるほどキスシーンが増えていって二人で目を合わせて笑ったのは初めのうちだけだった。度重なるその場面の度に互いを肘でつつき合って恥ずかしさをなすりつけ合い、最終的にやたらと動きの多い不審な二人組になってしまった気がしてならない。中二真っ盛りのおれたちにはじっとしているのが少し耐え切れない内容だった。
「十一時半か。そろそろ飯食う? フードコートで良いよね?」
「三階? 一階? おれラーメン食いたい」
「三階。あっちの担々麺の気分」
「あり」
期間限定のラーメンを思い出しながら人混みの中を歩く。この後は予定なんてないから、適当に腹を満たして遊んで帰るだけだ。
来年は受験生だから外出なんてこう気軽にはいかないだろう。そう思うとげんなりしてくる。周囲を歩く自分より歳上の大人たちはみんなそういう憂鬱な時期をきちんと乗り越えていったんだろうか。
自分以外の全ての人間が自分よりもまともに過ごしているように見える、どろりとした嫌な感覚。冷静な自分が「思春期なんだね」と嘲笑う。多感な時期とか、反抗期とか。何度も言って聞かされた記号にすればたったそれだけで括れるそれは、分かってはいても自分でも感情の制御がしづらくて仕方ない。
「食ったらゲーセン行って良い?」
「良いよ。メダルやる?」
「釣りのやつ?」
「釣りのやつ」
キッズすぎる! と友人が笑った。恐らく行ったところで中学生が座れるスペースはないだろうそこを想像しておれも笑う。園児や小学生たちに混ざって陣取る勇気はない、おれたちも数年前まであそこに居たはずなのに。
フードコートを目前にしたところでふとイベントスペースに目が行った。期間限定の催事場は細かくブースが区切られていて、見慣れないコーナーがぽつりと隅に佇んでいる。珍しいな、とつい注視してしまった。
どしたん、とおれの視線の先を辿るように友人が立ち止まる。しまった、と思った。
「え、占いだってよ。オレ初めて見た! ちょ、やってみよ!」
「嘘じゃん……ラーメンは?」
「占いの後でも待ってくれるって。先あれ行こ!」
オカルト好きの友人に気付かせるべきではなかった。苦々しい気分でブースに目をやる。ど派手な配色の看板が何とも恨めしかった。
「おれ興味ないよ、占ってもらいたいこともないし」
昼前でまだ混み始める前なのか、そもそも閑散としているものなのか。近付くとちょうど女子高生らしき二人連れが盛り上がりながら出てきたところで、他に客は見当たらない。次の方どうぞ、と声をかけられてしまった。
にこにこと入って行く友人に手招きをされて、渋々おれも中に入る。簡素なパーテーションで区切られたスペースに入ると、事務的な机を挟んだ向こうには母親ほどの年齢の女性が一人座っていた。
「こんにちは。男の子二人? 一緒で良いのかな?」
愛想の良い笑顔の占い師に、友人もまたはきはきと自分が占ってほしい旨を伝えている。面接かなにかと勘違いしているのかもしれない。
おれも一緒にいて良いのか一応確認したけれど、一人にしないでくれと大きく頷かれてしまった。どういう感情なのだろう。
外にも掲示してあったが、どうやら手相占いのブースであるらしい。何とも解放的で機密性はないに等しい造りではあるものの、そもそも子供の奇声や通りを行く人々の笑い声で常に騒がしいこの場所ではあまり関係ないのかもしれないな、と自分を納得させた。何を話したところでどうせ聞こえはしないだろう。
相場は知らないが、恐らく中学生にも払えるような金額なのもそのせいなのだろうか、と傍に置かれた料金表に視線を落とす。千円で占ってくれる運命に信憑性があるのかおれには分からない。
きょろきょろとしているおれを他所に友人が学業はどうだの部活がどうだの話し始めていた。水泳のタイムが、と話す横顔は真剣だったが、手相に出るものなのか甚だ疑問である。
うんうん、と占い師は神妙な面持ちであっちこっちに話が飛ぶ取り留めのない話を聞いている。そうして返した内容は誰にでも当てはまるような当たり障りのないものだったが、それでも満足したのか友人がほっとしたように顔を綻ばせた。
「はい、お疲れさまでした。どうでしたか、もう少し見ましょうか?」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございました!」
占い師は料金を払い終えた友人ににこにこと礼を言ってから、椅子の後ろに立ったままでいたおれを見上げてくる。
「そちらのお兄さんはどうされますか?」
「いや、おれは結構です。付き添いなんで」
「そう? ……あら?」
せっかくだから見てもらったらいいのに、と言う友人に空腹を訴えて退店を促す。映画の時間に遅れそうだったから朝飯を抜いてきていたせいで、そろそろ限界が近い。
踵を返したおれたちに、占い師が待って、と声をかけてきた。
「お兄さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫ですけど……何ですか?」
「何ともないなら良いんですけど。大変じゃない?」
ずいぶんべったりくっつかれてるようだけど──。
眉を顰めながらおれの斜め後ろを見るその表情に、ぞわ、と鳥肌が立つ。
見えているのか、あれが。おれ以外の人間にも!
「ごめん、ちょっとだけそっちで待ってて」
「え、なになに?」
「気変わった。おれも見てもらう。誰にも聞かれたくない話だから、ごめん」
「えー。良いけどさあ」
オレも居たら駄目なのぉ。そうごねる友人を振り解いて占い師の前に戻る。
どうしたらあいつと離れられるのか。どうしたら自由になるのか。
手相なんてどうでもいい、尋ねたいのはそれだけだった。見えないから信じてもらえない。信じてもらえないから寺だとか神社だとかにもお祓いしたいから連れて行ってくれなんてこれまでずっと頼めなかった。
こんなところに解決の糸口があったなんて。来て良かったと内心で友人に感謝する。
しかし、気が急いて焦るおれを察したように、ごめんなさいねと占い師が目線を合わせて呟いた。
「私は何となく感じるだけなの。人より少し勘が良いというか。それだけなのよ。だからお兄さんが欲しい答えは提供出来ないと思う」
本当に申し訳なさそうな顔だった。ちらりと後ろを見て、再度、ごめんなさいと告げられる。
「直接は駄目でも、その、ここに行ったら良いとかそういうのは知らないんですか?」
「うーん。時々感じるだけだから、私は嫌なところを避けて通るくらいしか出来なくて」
一瞬どうにかなるかもしれないと気分が浮いた分だけがっくり来てしまう。
そうですか。肩を落としたおれに慌てたように、占い師がああでも、とやや大きな声を出した。
「アドバイスというか、お兄さんに気を付けてほしいことだけなら言えるから」
「……何ですか」
「後ろの、付き合いは結構長かったりする?」
「まあ……」
ちょうど十年くらいになります。そう言うと少し目を丸くした。
そんなに。漏れた声に、そんなにです、とぶっすりと返す。
「そう、十年。……最初の頃より見え方とか、霊障、ああええと、相手が仕掛けてくることだとか体調への影響だとか。変化はある?」
「体調はよく分からないですけど、前よりはっきり見えるようになっては来てますね。どういう理由があるか知ってるんですか」
「一概には言えないし、何となくそう思うだけなんだけど……冷静でいないと駄目よ、あなた」
冷静。こんなに毎日嫌がらせをされているのに、冷静でいろなんて難しいことを言う。
どうせ何もしてくれないくせに、と思ったおれの胸中が透けて見えたのか、駄目よ、とまた占い師が言った。
「後ろのそれね、多分あなたの嫌な気持ちとか、苛々する気持ちとかね。そういうのを吸って……食べて……? とにかくね、そうして強くなってると思うのよ」
何かされて、その結果あなたが怒ったり怖がったりして。そうしてそれは益々強くなっていると思う。
だからそんな負の感情は持たないように気を付けて、平静を保つようにした方がいいと思う。少なくとも解決法が見つかるまでは。
真剣な表情で占い師はそう告げた。
あいつは四歳頃におれに取り憑いて、初めは黒いもやにしか見えなくて、驚かす程度の嫌がらせで。
年々それは悪化していって、にやにやしている顔がはっきり見えるようになって、今では顔色まで判別できるようになって。
おれはその都度怖がったり、怒ったり、とにかくこいつが居なくなれば良いのにと決して良くはない感情を向けていた。だってそれは当たり前の事だ。これっぽっちも楽しくない事が起きて、明らかにそれの原因となる奴がいて、おれは子供で、だから。
「ふふ、」
小さく笑う声がした。
おれのものでも外にいる友人のものでも、占い師のものでもないそれ。
放心状態のおれの後ろを見て占い師が息を呑む。
「自分で気付けなかったんだ? まだまだがきだね」
両肩にずしりと重みを感じる。あいつが手でも置いているのかもしれない。
振り向かなくても分かる、いつものあのにやついた顔でそこにいることが容易に想像できた。
声は楽しげに揺れている。
「まあ、おまえには難しいよね」
歯を食い縛る。悔しい。憎らしい。これが負の感情とか言うやつなんだろう、分かってはいても到底我慢できるものではない。ぎり、と奥歯が鳴った。
あいつが声を上げて後ろで笑っている。
占い師は何に対してなのか、ごめんなさい、とまた小さく呟いていた。




