第27話 重大発表があります
六月の夜は、じっとしているだけで肌がべたつく。
晩ごはんの片づけが終わって、ソファに並んで座っていた。アキラさんはスマホ、俺はぼんやりテレビを見ている。
ニュース番組が、どこかの美術館の特別展の話題を映していた。人混みの映像が切り替わって、天気予報になる。画面の端に傘マークが並んでいた。
「明日、雨かー」
アキラさんが画面を見ずに言った。
「みたいですね」
「洗濯物もう取り込んどいたからね。ベランダ出たとき風がぬるかったから、これは降るなーって」
「……さすがです」
「えへへ」
開けっぱなしの窓から、ぬるい風が入ってくる。カーテンの裾が小さく揺れていた。テーブルの上に、俺の麦茶と、アキラさんのカルピスソーダが並んでいる。
何でもない、夜。
◇ ◇ ◇
「あ、ちょっとこれ見て」
アキラさんがスマホをこっちに傾けた。
画面にノワールのアイコンが表示されていた。銀髪に黒いベレー帽のアイコンの横に、ハートの絵文字が三つ並んでいる。
「何ですかこれ」
「ノワールが今日ポストしたやつ。読んで読んで」
画面をスクロールする。『今日、レオが私の好きなケーキをサプライズで買ってきてくれました。好きな味がわかるの怖い。でもうれしい。ありがと、レオ』。文末にスパイの絵文字。
「……スパイが素になってますね」
「ねー! 普段あんなにクールキャラなのに」
アキラさんがけらけら笑いながら、リプ欄をスクロールした。
「見てこれ、てぇてぇの嵐」
「すごい数ですね……」
「ファンアートももう出てるし。告知から二週間でこれって、すごくない?」
画面の中を、ハートとイラストと『おめでとう』が埋め尽くしていた。
「コラボの数字も見たんだけどさ、告知前と変わんないんだよね。むしろちょっと増えてる」
「コラボ配信のときもコメント多かったですもんね」
「うんうん。V同士で付き合ってもさ、活動に支障出てないじゃん、全然」
アキラさんの指が、リプ欄をゆっくりスクロールしている。
「なんかさー、ファンの反応見てるとさ、ほんとに祝福してる感じなんだよね。茶化してるんじゃなくて」
「……そうですね」
「レオのほうもさ、照れ隠しみたいなポストしてて。『ノワールが自分のことを書いてるのを見るのは新鮮な気持ちです』って。かたいなー!」
「レオさんにしては堅いですね」
「あ、そこ同意するんだ」
「……いや、まあ」
アキラさんが、ぷっと吹き出した。
「あ、そういえばさ。さっきテレビでやってた展覧会の特集見た?」
「あー、なんかやってましたね」
「ああいうのさ」
アキラさんがスマホを膝に置いて、天井を見た。
「いつかさ、レトロゲーの展示とかやってみたいんだよね」
「展示?」
「うん。うちの会社、展覧会のグッズとかショップの運営やってるじゃん? でもそっちだけじゃなくて、企画のほうで。どういうゲームを並べて、どう見せるか、みたいの」
「和太郎さんのチャンネルで取り上げたやつとか並べる感じですか」
「あー、それいいね! 実機で遊べるコーナーとかさ、子どもにも触らせたいし。じいちゃんの家で初めてファミコン触ったとき、すっごい感動したからさ。あの感じをさ、知らない世代にも味わってほしいんだよね」
アキラさんの目が、少し輝いていた。
「いいですね、それ」
「でしょー? まあ、公私混同だし、今はまだ全然夢の話なんだけどねー」
アキラさんが笑って、またスマホを持ち上げた。
「あ、見てこのファンアート」
画面に、ノワールとレオがゲームのコントローラーを取り合っているイラストが表示されていた。
「うまいなー。こういうの、ほんとにファンが楽しんでるって感じでいいよね」
「告知前の配信の空気感がそのまま残ってますよね。変に構えてないっていうか」
「そうそう。あの二人、コラボのときと全然変わんないもんね」
アキラさんがスマホを俺のほうに傾けた。画面の光が、アキラさんの横顔を薄く照らしている。
肩のあたりに、アキラさんの髪が触れていた。
「いいよね、ああいうの」
「……いいですね」
(……いつまで、続くんだろう)
麦茶のグラスに、手を伸ばした。
アキラさんがふふっと笑った。俺もつられてしまい、少しだけ笑った。
窓の外で、虫の声がしていた。遠くで車が通る音。それだけが、リビングに流れていた。
アキラさんが、スマホをテーブルに伏せた。
画面の光が消えた。
少しの間があった。
「あ、ところでさー」
「はい」
「昴さんに重大発表があります」
「……え、長文スクショですか」
「ううん、ひとこと」
「好きになっちゃった」
アキラさんは、天井を見ていた。
俺の指が、止まった。




