第21話 観てる
同居が決まった翌週の、休みの日。
アキラさんが玄関の方で、ガサッと音を立てた。
「とりあえず、今日のはこれくらいー」
大きめの紙袋を二つ抱えたアキラさんが、廊下に入ってきた。
古いジャージにヘアバンド。額に薄く汗をかいている。
「お疲れさまです」
「あんまり一気に持ってきても、昴さんちが大変だしね」
「気にしないでください」
「引き払うまではまだ余裕あるし、少しずつリサイクル出したり、実家に送ったりして減らしてくから」
「分かりました」
アキラさんが、紙袋を廊下に置いて、額の汗を手の甲で拭った。
「じゃ、ちょっとずつ、片付けていきますかー」
「はい」
◇ ◇ ◇
紙袋といくつかの小箱を、部屋に分けていく。
配信部屋には衣類とCDの小箱、レトロゲーハードとカートリッジ。
リビング、キッチンには食器と日用品の袋。
アキラさんがCDの小箱を、配信部屋のクローゼットの上の方に押し込んだ。
「あ、これ重たいかも」
配信部屋を出てきたアキラさんが、別の箱を抱えた。
「俺やりますよ」
箱を、アキラさんから受け取る瞬間、
指先が軽く触れた。
「ごめん、ありがとー」
アキラさんが、何でもない顔で次の場所に向かった。
俺も、何でもない顔で、それを次の場所に運んだ。
手の甲に、汗が薄く乗っていた。
◇ ◇ ◇
アキラさんが、配信部屋の机の脇にスーファミを置いた。
「これ、ここでいい?」
「いいですよ」
木箱から、カートリッジを一本ずつ取り出して、本棚の空いている段に並べていく。
手が止まる。
グレーのプラスチックのカートリッジ。
アキラさんが、その背を指でゆっくり撫でた。
「……うちのスーファミ、ここでも生きるんだなぁ」
「ですね」
「ね、嬉しいねー」
くしゃっと笑って、次のカートリッジを取り出した。
◇ ◇ ◇
食器棚に、アキラさんの食器を入れていく。
白い茶碗。
俺のは、ちょっと欠けたグレーの茶碗。
二つが並んだ。
「あ、サイズちょうど良いね」
「そうですね」
「並ぶと、なんかいいねー」
アキラさんが、戸を閉めた。
戸の奥で、二人分の食器が揃っている。
◇ ◇ ◇
玄関に出た。
アキラさんが、紙袋から白いスニーカーを出した。
俺の革靴の隣に、置く。
……。
その瞬間、空気の匂いがほんの少しだけ変わった気がした。
「ま、よく考えたらさー、もうほとんど住んでたんだけどね、私」
「……確かに」
苦笑い。
「気分の問題なんだよなー、これ」
アキラさんが、玄関の電気をつけたり消したりした。
「ふふ」
「どうしました」
「いやー、なんかいいなって思って」
◇ ◇ ◇
片付けが一段落して、二人でDKに戻った。
冷蔵庫を開けると、冷たい麦茶のボトルがあった。
二つのコップに注いで、ソファのテーブルに置く。
アキラさんが、ソファに沈み込んだ。
「いやー、ほんとありがとう、昴さん」
くしゃっと笑って、麦茶をぐびっと飲んだ。
額の汗が、まだ薄く残っている。
「いえ」
「これからも、よろしく」
俺は、麦茶のコップを両手で持った。
冷たさが、手のひらにじわっと染みた。
「……はい」
アキラさんが、ふぅっと息を吐いて、目を閉じた。
窓の外で、午後の光が少しだけ傾いていた。
◇ ◇ ◇
夜になっていた。
夕飯は、適当に済ませた。
アキラさんが、ふっと時計を見上げた。
「あー、そろそろ配信の時間だわー」
「今日、和太郎ですか」
「うん。久しぶりに、ソロでゲームやろうかなって」
「了解です」
「昴さんは?」
「俺は、紗雪の次の配信準備しときます」
「お疲れさまー」
「あ、でも。そうだ、アキラさん」
「うん?」
「配信、最初から隣で観ててもいいですか?」
「ん?」
「配信ソフトの操作とか、和太郎さん凄くスムーズじゃないですか。あれ、参考にしたくって」
「あ、そういうこと。全然いいよ~」
◇ ◇ ◇
二人で、配信部屋に入った。
アキラさんが椅子に座って、ヘッドセットを耳にかけた。
俺はコップを片手に、隅の壁にもたれた。
モニタに、いつもの待機画面。
……。
いつぞや、紗雪のソロ配信をアキラさんが、後ろから見ていた朝を思い出した。
あの時、俺は気づいていなかった。
アキラさんが、こちらに軽く片手を上げた。
マウスのカーソルが、配信スタートのボタンに合わさる。
カチッと、軽い音。
『よっ、和太郎だ。今夜もよろしく頼むぜ』
画面の中で、鎧の騎士が走り出している。
『鎧、すぐ脱げるんだよなぁ、これ』
アキラさんが、コントローラーを握り直して、背を丸めた。
ヘッドセットの向こうの、楽しそうな声。
画面で、騎士が槍に貫かれ骨になる。
ゲームオーバーの効果音と、アキラさんのマウス操作が同時。
配信ソフトの演出表示が、画面の上にぱっと差し込まれる。
『はい、ファースト・ミスーっと』
切り替えも、コメントの拾いも迷いがない。
いつもと、同じ。
俺はしばらく、その光景を見ていた。
アキラさんが、ステージに戻ったキャラをまた走らせる。
『よっしゃ、突破! みんな、ちゃんと観てるか?』
観てる。
俺は、心の中で答えた。
コップを両手で持ち直した。
◇ ◇ ◇
画面の中で、鎧の騎士がジャンプして、槍を投げていた。
和太郎が、いつもの調子で実況している。
『なぁ、このゲームな、鎧、すぐ脱げるんだよなぁ』
『俺が子供の頃からずっとパンツなんだ。成長しねぇんだよなぁ、この騎士』
リスナーの「www」が画面を流れる。
和太郎は、慎重なステージを抜けて、橋の上に出ていた。
その時
コメント欄に、見慣れない名前が流れた。
『パルサー@れとろ民:初見です。このゲーム懐かしいですね』
ガタンッ。
……!?
アキラさんが、椅子から、立ち上がりかけていた。
目を見開いて、画面を見ていた。
信じられないものでも、見るような顔。
同時に画面で、鎧の騎士が、何かに被弾した。
鎧が、弾け飛んで、パンツ一丁になった。
和太郎の声が、一瞬、消えていた。
『あ、——ちょ、ちょっと待った。ボタン押し間違えたわ』
和太郎が、笑い始めた。
『あ、いやな、これな、パンツになるのが宿命なんだ。しょうがねぇんだよ』
『次行くぞ、次次次』
いつもより、ほんの少しだけ、早口だった。
リスナーの画面に、「www」「またパンツw」「鎧くん成長しないなー」が、流れていく。
……。
(……何が、あった?)
画面と、アキラさんの背中と、それから、和太郎の声と、
全部、見ていた。
◇ ◇ ◇
配信は、続いていた。
和太郎が、鎧の騎士をジャンプさせて、橋を渡り終えていた。
リスナーが、また「www」を流している。
俺は、視線を、画面に戻した。
……?
コメント欄の名前に、「パルサー」と表示されていた。
さっきの「@れとろ民」が消えていた。
いつ消えたのか、分からなかった。
『よし、次のステージだ』
和太郎の声が、続いていた。
いつも通りの、饒舌。
でも。
……。
◇ ◇ ◇
配信終了の挨拶が聞こえた。
『今日もありがとうな。また次回』
ボイチェン越しの声が、消える。
アキラさんが、ヘッドセットを外した。
……。
アキラさんが、デスクに座ったまま画面を見つめている。
画面に映っているのは、配信のコメントログ。
その中の「パルサー」だけが、表示の中に残っていた。
マウスホイール上の指が、止まっている。
動いていない。
「アキラさん」
声をかけた。
アキラさんの肩が、ふっと跳ねた。
「あ、——昴さん」
画面から、ぱっと視線を逸らした。
「お疲れさまでした」
「うん、お疲れさまー」
アキラさんが、椅子から立ち上がって笑った。
いつもの笑顔。
「……あの」
「うん?」
「なんか、いつもと違いました?」
言ってから、自分でも何を聞きたかったのか、分からなくなった。
「えー、別に、何もないよー?」
アキラさんが、首を軽く傾げた。
「ぜんぜん、大丈夫ー」
アキラさんが、ふっと笑った。
「ちょっと、シャワー浴びてくるねー。お疲れさま」
「お疲れさまでした」
アキラさんが、配信部屋を出ていった。
脱衣所の方で、扉が閉まる音がした。
俺は、隅に置いた、自分のコップを見た。
半分、麦茶が残っている。
画面の「パルサー」も、まだ表示されたまま。
俺は、扉をそっと閉じた。
仕事部屋に戻った。
窓の外で、夜の音が、薄く流れていた。
(……)
俺は、コップに麦茶を注ぎ足した。
第21話、お読みくださりありがとうございます。
第2章はここまで。次回からは第三章。物語が大きく動き出します。
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