小さな嫉妬
昼前になって、リリアは獣騎士団の宿舎へ戻ってきた。
ガルムはバルトに連れて行かれた。
「教えることが山ほどある」と言われ、本人も嬉しそうについて行ったのだ。
護衛に付き添われ、リリアは一人で部屋へ戻る。
静かな廊下を歩き、扉の前で立ち止まった。
――ただいま。
小さく息を整え、扉を開く。
部屋へ入った瞬間、目に入った光景にリリアは足を止めた。
ソファーでラルフとオスカーが眠っていた。
広い獣人用のソファーに二人並び、
オスカーはラルフの前から抱きつくような格好で眠っている。
ラルフはそのまま腕を回し、自然な形で腕枕をしていた。
静かな寝息だけが部屋に落ちている。
リリアはゆっくり歩み寄った。
二人の前で立ち止まる。
(……副団長)
騎士団内では有名な話だった。
副団長は酒に弱いわけではない。
だが、酔うと団長に甘える癖がある。
先輩騎士たちが笑いながら話していたのを、何度も聞いた。
知っていた。
知っていたのに――
こうして実際に見ると、胸の奥が妙にざわついた。
(……なんでだろう)
恋愛感情ではないことは分かっている。
でも、ラルフの腕の中で安心しきって眠っているオスカーを見ていると、胸の奥が少しだけむくれてしまう。
(……ずるい)
そんな言葉が、ふと浮かんだ。
すぐに首を振る。
(違う……でも……私だって)
あんなふうに、ラルフに触れてほしい。
そんな考えが浮かんだ自分に、リリアは少し驚いた。
小さく息を吐き、ラルフの肩にそっと触れる。
「……ラルフ」
軽く揺すってみる。
「……ん」
低い声が漏れた。
ラルフがゆっくり目を開く。
しばらくぼんやりと天井を見ていたが、視線が動き、リリアを見つけた。
「帰ったのか」
まだ眠気の残る声だった。
リリアは少しだけ顔を背ける。
「戻りました」
それだけ言って、くるりと背を向けた。
そのまま寝室へ向かう。
ラルフはしばらくその背中を見ていた。
(……?)
何か様子がおかしい気がしたが、深く考える前に視線を落とす。
腕の中では、オスカーがまだ気持ちよさそうに眠っていた。
ラルフは小さく息を吐く。
しばらくして、ラルフはシャワーを浴びた。
戻ってくると、オスカーはまだソファーで寝ている。
ラルフはそのまま寝室の方へ向かった。
扉の向こうから、声が聞こえる。
リリアとクラウスの声だった。
どうやら話をしているらしい。
ラルフは扉の前で足を止めた。
(……邪魔する必要もないか)
リビングへ戻り、昨夜の残骸を片付け始めた。
酒瓶、グラス、皿。
静かにまとめていると、やがて食事が運ばれてきた。
その物音で、ようやくオスカーが目を覚ました。
「……ん……」
重たい瞼を開き、周囲を見回す。
「あー……」
記憶を整理しているようだった。
やがて立ち上がり、シャワーを浴びに行く。
戻ってきた頃には、全員がテーブルについていた。
「すみません。お待たせしました」
オスカーが席に着きながら言う。
「ああ」
クラウスが短く答えた。
しかし―― リリアは何も言わなかった。
無表情のまま、静かに食事を始めている。
ラルフ、オスカー、クラウス。
三人の視線が一瞬だけ交わった。
(……怒ってる)
誰も声には出さないが、全員そう感じていた。
理由が分からない。
ラルフが先に口を開く。
「昨日はバルト団長の家でゆっくり過ごせたか?」
リリアはフォークを動かしたまま答える。
「はい」
それだけだった。
会話は続かない。
ラルフは心の中で小さくため息をつく。
(……昨夜はオスカーで、今度はリリアか)
だが顔には出さない。
そのまま様子を見る。
時間が経っても、リリアの態度は変わらなかった。
クラウスとは普通に話す。
だがラルフとオスカーには、必要な受け答えしかしない。
夕方になった頃。
クラウスが立ち上がった。
「バルト団長に呼ばれている」
扉へ向かいながら、三人に振り返る。
そして小さく笑った。
「戻るまでに、三人でちゃんと話し合ってくれよ」
そう言い残し、部屋を出ていった。
静かな沈黙が落ちる。
ラルフはリリアを見た。
「リリア」
名前を呼ぶ。
「こっちへ来い」
リリアは少し迷ったが、ゆっくり歩み寄った。
ラルフはそのまま彼女の腰を引き寄せ、自分の膝に座らせる。
リリアは顔を背けた。
ラルフは優しく髪を撫でる。
「どうした」
穏やかな声だった。
リリアは答えない。
ラルフは膝の上のリリアを見上げ、軽く顔を上げた。
そして優しく、リリアの唇に軽く口づけた。
「……」
リリアの肩が小さく揺れる。
「俺が何かしたか?」
もう一度、優しく問いかける。
リリアは小さな声で呟いた。
「……副団長には優しいのに……」
最後は声にならなかった。
言った瞬間、自分で恥ずかしくなる。
こんなことを言うつもりじゃなかった。
ラルフは一瞬だけ目を瞬き、すぐ理解する。
「朝のことか」
リリアは黙っていた。
ラルフは小さく息を吐く。
「ごめんな。嫌な思いさせた」
優しい声だった。
その横で、オスカーも椅子から少し身を乗り出す。
「ローゼン卿、悪かった」
真面目な顔だった。
「もうプライベートで団長には近づかないからさ」
その言葉に、リリアの目が揺れる。
次の瞬間、リリアはラルフの首元へ顔を埋め、抱きついた。
目には涙が溜まっていた。
ラルフは静かに背中や頭を撫でる。
「わるかった」
子どもをあやすような手つきだった。
やがて落ち着くと、リリアは顔を上げた。
オスカーを見る。
オスカーは内心かなり焦っていた。
するとリリアは小さく言った。
「……たまになら、ラルフ貸します」
部屋が静まった。
オスカーは固まる。
ラルフは思わず笑いそうになった。
「俺は許可制なのか?」
意地悪く聞く。
リリアは真面目な顔で答える。
「そうです」
そのやり取りを見て、オスカーも思わず笑った。
そして静かに言う。
「ありがとうございます」
優しい声だった。
ふと思い立ったように、オスカーは立ち上がる。
リリアのそばへ歩み寄った。
そして軽く頭を撫でる。
そのまま―― 頭に軽くキスを落とした。
「俺はリリアも好きですよ」
わざと意味深に言う。
リリアの顔が一気に赤くなる。
ラルフは呆れたように息を吐いた。
「お前達、いい加減にしろ」
だがその声には、怒りはなかった。
部屋の空気は、すっかり柔らかくなっていた。




