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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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気持ちの整理

三人の空気がようやく落ち着いた、その時だった。



――バンッ!!



勢いよく扉が開いた。


「お姉ちゃん!」


ガルムが駆け込んでくる。


その勢いのまま、リリアの元へ一直線に走った。


「ガルム?」


リリアは驚いて立ち上がった。


その後ろから、クラウスも入ってきた。



「どうした」


ラルフが低く問いかける。


クラウスはすぐに答えた。


「今、バルト団長の部下から報告が入りました」


一瞬だけ言葉を区切る。


「ルーヴェル王国側の王宮が動き始めたそうです。急ぎましょう」


部屋の空気が一変する。


ラルフは迷いなく立ち上がった。


「わかった。支度しろ」


短い指示。


それだけで全員が動いた。


それぞれが外套を羽織る。


獣騎士団から支給されたものだ。


深くフードを被り、顔を隠す。


すぐに宿舎の外へ出る。



外はすでに夕暮れだった。


空は赤く染まり、夜へと移ろうとしている。


その中に―― 数人の獣騎士と、馬が用意されていた。


そして、その中央に立っているのはバルトだった。



「来たか」


そのまま手で馬を示した。


「これに乗れ。国境までは我々が護衛する」


ラルフは一歩前に出て、頭を下げる。


「何から何まで……感謝する」



その言葉に、バルトは軽く目を細めた。


「娘のためだ」


短く言い、視線をリリアへ向け、ゆっくりと歩み寄る。


「リリア」


「はい」


バルトは、そっと頭に手を置いた。


大きな手だった。


「気をつけるんだぞ」


低く、優しい声。


「また、いつか会えるといいな」


その言葉に、リリアの胸がぎゅっと締めつけられる。


「はい……」


声が少しだけ震えた。


バルトはそのまま、リリアの手を取る。


指輪に触れ、静かに魔力を流し込んだ。


淡い光が一瞬だけ灯る。


「これでしばらくは暴走を防げる」


「ありがとうございます。お父様……」


バルトの瞳がわずかに揺れる。


だがすぐに表情を引き締めた。



「急ぎましょう」


獣人副団長の声が響く。


その一言で、時間が戻る。



全員が馬に乗った。


夜へと沈み始めた道を、駆け抜ける。


裏口から裏ルートへ。


人目を避け、ひたすら前へ。


風が頬を打つ。


やがて―― アルトシュタイン王国、国境付近。


バルトが手を上げる。



「ここまでだ」


全員が馬を止めた。


オスカーが静かに頭を下げる。


「お世話になりました」


バルトは軽く頷いた。


そしてオスカーを見る。


「少しでも異変を感じたら、リリアに馴染ませてもらえ」


「はい」


オスカーは真剣に頷いた。



バルトは再びリリアを見る。


今度は、完全に“父の顔”だった。


「リリア、幸せになるんだぞ」


その言葉に、リリアの視界が滲んだ。


「……はい」


うまく声が出ない。


それでも、必死に笑った。


バルトに、安心してほしくて。



ラルフが小さく頭を下げる。


「行くぞ」


その一言で、全員が馬を進めた。



国境を越える。



――アルトシュタイン王国。



帰ってきた。


リリアは思わず馬を止め、振り返った。



だがそこには、もう誰もいなかった。


さっきまでいたはずの獣騎士団の姿は、完全に消えていた。



「……」


胸の奥が、じんわりと痛む。


「お姉ちゃん……」


ガルムの声。


リリアは前に座っていたガルムを抱きしめる。


強く。


声を出さないまま、静かに涙が溢れた。



誰も何も言わず、ただ見守っていた。



その後、一行は王宮へ戻った。



謁見の間。


王への報告は簡潔に、しかし正確に行われた。


全てを終えた後、ラルフだけがその場に残る。


「あとは任せろ」



そう言われ、四人はそれぞれの場所へ戻ることになった。



オスカーとガルムは騎士団宿舎へ。


クラウスは自宅へ。


リリアはラルフの私室へ戻った。


扉を開けた瞬間。


ふわりと、懐かしい匂いがした。


「ただいま……」


誰もいない部屋に、小さく呟く。


その一言で、ようやく帰ってきた実感が湧いた。



ここ二週間ほど。


あまりにも色々なことがあった。



戦い。

出会い。

真実。

父。

別れ。



胸の中が、まだ整理しきれていない。


リリアは小さく息を吐いた。


「お風呂入ろう」


気持ちを切り替えたかった。


メイドがすぐに準備を整える。


「お手伝いいたします」


「いえ、大丈夫です」


少しだけ恥ずかしくて、リリアはやんわり断った。


一人で身体を洗い、湯船に浸かる。


温かさが、じんわりと身体に広がっていく。


「……はぁ……」


力が抜ける。


目を閉じると、いろんなことが浮かんだ。


バルトの手。


言葉。


「幸せになるんだぞ」


その声が、何度もよみがえる。


(……お父様)


胸が少しだけ痛くなる。


でも、嫌な痛みじゃなかった。


静かに、沁みるような温かさだった。



風呂から上がり、夜着に着替える。


メイドが用意してくれたお茶を手に取り、ソファーへ座った。


暖炉の火が、静かに揺れている。


パチッ、と薪がはぜる音。


それを、ぼんやりと見つめる。


静かに何も考えたくなかった。


「……」


今日くらいは、いい。


何も背負わずに。



何も考えずに。



ただ―― 無になりたかった。



暖炉の火だけが、静かに揺れていた。

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