選択
ルーヴェル王国獣騎士団の宿舎。
朝の空気はまだ静かだった。
部屋の外に出たラルフは、護衛の獣騎士に低く声をかけた。
「団長に取り次いでほしい」
騎士は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「少々お待ちください」
しばらくして案内されたのは、黒狼の執務室だった。
扉が開く。
中には黒狼が一人で立っていた。
腕を組み、窓の外を見ている。
ラルフに気付くと、ゆっくり振り返った。
「来ると思っていた。彼の件か」
低い声だった。
ラルフは無言で頷く。
黒狼は椅子に腰を下ろした。
ラルフも向かいに座る。
短い沈黙が落ちた。
やがてラルフが口を開く。
「昨夜、症状が出た」
黒狼の目が細くなる。
「どんな様子だった」
ラルフは淡々と話した。
瞳が赤くなったこと。
呼吸が荒くなったこと。
そして―― 自分に反応したこと。
魔力が暴れているらしいこと。
黒狼は黙って聞いていた。
やがて腕を組む。
「……なるほどな」
小さく呟く。
「人間の身体は獣人の魔力を受け止めきれない。
このままなら暴走して、最悪、死ぬ」
「獣人の魔力は強力で、時に“相手”を選ばないんだ」
ラルフは眉をひそめた。
黒狼は続ける。
「そして、強い結びつきのある者に反応することもある」
しばらく考え込み、静かに話した。
「二つ方法がある」
ラルフの視線が向く。
黒狼は淡々と言った。
「一度、関係を持ってみるのはどうだ」
ラルフの眉間に深いシワが寄る。
黒狼は続けた。
「魔力は体内に滞留すると暴走する。だが交わりで外へ流れることもある」
ラルフは何も言わない。
「もちろん、婚約者の了承は必要だろう。しかし、そういう方法で薬の作用が抜けた者もいた」
黒狼は淡々と話す。
「そしてもう一つの方法は彼をこの国に置いていく」
ラルフの視線が動く。
黒狼は言った。
「我々の騎士団で預かる。今までにも人間ではないが、同じような患者はいた。薬を投与し、しばらく観察すれば治る可能性もある。可能性は低いかもしれないが……」
ラルフは黙った。
つまり―― 選択は二つ。
オスカーを残すか、それとも……。
ラルフはゆっくり立ち上がった。
「少し考える」
黒狼は静かに頷いた。
「決めるのは君だ」
ラルフは部屋を後にした。
部屋に戻る。
ラルフはガルムを呼んだ。
「ガルム」
「はい」
「獣騎士団がガルムの魔力を測定したいそうだ。クラウスと一緒に行ってきてくれるか」
ガルムは首を傾けたが、素直に頷いた。
クラウスは一瞬だけラルフを見た。
何かを察したようだった。
「行こう、ガルム」
二人は部屋を出ていった。
部屋に残ったのは―― ラルフとリリアだけだった。
リリアは不思議そうに見ている。
「どうしたんですか?」
ラルフはしばらく黙っていた。
そして低く話し始めた。
「黒狼と話してきた」
リリアの表情が変わる。
ラルフは黒狼の言葉をそのまま伝えた。
二つの選択肢。
関係を持つこと。
それともオスカーをこの国に残すこと。
リリアは固まって言葉が出なかった。
部屋が静まり返る。
やがてリリアが小さく言った。
「……そんな」
ラルフは何も言わない。
リリアは俯いた。
オスカーをこの国に残すということは、アルトシュタインの騎士団には戻れないということ。
「副団長を一人残すなんて……できません」
リリアは首を横に振った。
ラルフの視線が向く。
「選択肢は……それしかないんですよね」
小さな声だった。
だがリリアの覚悟は決まっていた。
ラルフは何も言わなかった。
その後、オスカーが起きた。
ラルフはオスカーに話しかけた。
「話がある。聞けるか」
オスカーはラルフの顔を見た。
嫌な予感がした。
ラルフは黒狼の話を伝えた。
オスカーは黙って聞いていたが、顔を伏せた。
長い沈黙。
オスカーが掠れた声で話し始めた。
「団長、俺を置いて帰ってください」
ラルフの眉が動く。
オスカーは続けた。
「それしか選択肢ないでしょう。これ以上迷惑はかけたくない」
拳を強く握り、顔を上げない。
手は震えが止まらなかった。
「団長を見ると……身体が勝手に反応するんです。自分でも意味が分からない。どうしたらいいか……」
声が震えていた。
言葉が詰まる。
ラルフは何も言わない。
そこへクラウスだけが戻ってきた。
ラルフはオスカーの了承を得てすべて話した。
クラウスは黙って聞いていた。
「そんな気はしていた。団長を見た時だけ反応してたからな」
オスカーは目を閉じた。
部屋に重い空気が落ちていた。




