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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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夜の違和感

寝静まった夜。


ルーヴェル王国獣騎士団の宿舎は、深い静けさに包まれていた。


部屋の中も暗い。


皆すでに眠っていた。


だが―― オスカーだけが起きていた。


何かと理由をつけ、ベッドはクラウスとガルムに譲った。


ラルフとリリアは同じベッドで眠っている。


オスカーはリビングのソファーに腰を下ろし、

ぼんやりと天井を見上げていた。



静かな夜だった。


そのはずなのに、胸の奥がざわつく。


ふと―― 昨日の光景が脳裏に浮かぶ。


ラルフの顔。

低い声。



「……どうしたんだよ、俺は……」



小さく呟いた。


身体にはまだ違和感が残っている。


気を抜くと、何かに飲み込まれそうな感覚に陥る。


体の奥で、得体の知れない力がうごめいているようだった。


だが、それを誰にも言うつもりはなかった。


リリアはようやく体調が戻ったばかりだ。


ラルフとクラウスは、この事件の対処で頭をフル回転させている。


ガルムやリリアの面倒も見てくれている。


これ以上、余計な負担をかけるわけにはいかなかった。


オスカーはソファーの背に体を預けた。


ゆっくり息を吐く。


そうすると――


体の奥から、また何かが沸き上がってくる。


息がわずかに荒くなる。


その時だった。



寝室の扉が静かに開いた。



ラルフだった。


オスカーはすぐに気を引き締める。


もう二度と、あんな迷惑はかけない。


何事もなかったように顔を上げた。



「眠れないのか」


ラルフが低く聞く。


オスカーは笑って誤魔化した。


「たくさん寝ましたから」


いつもの調子だった。


だがラルフは、昨日寝る前から気づいていた。


オスカーの様子がどこかおかしいことに。


言葉には出さなかったが、気になって起きてきたのだった。



ラルフはゆっくり歩み寄り、ソファーの前で立ち止まった。


「……そうか」


静かな声だった。



その瞬間―― ラルフの手が、オスカーの頭に触れた。


くしゃりと、いつものように髪を撫でる。


「少し顔が辛そうだぞ」


低い声だった。


オスカーは苦笑する。


「気のせいですよ」


だが呼吸は、ほんのわずかに乱れていた。


ラルフは手を離さない。


そのまま指を髪の間に滑らせる。


撫でるように、ゆっくりと。



オスカーの肩がわずかに強張った。


ラルフはそれを見逃さなかった。


少し身を屈め、距離が近づく。


「オスカー」


低く名前を呼ぶ。


顔が近い。


息が触れそうな距離だった。


オスカーの瞳がわずかに揺れる。


ラルフはそのまま、頬の近くまで手を下ろした。


指で顎の線をなぞる。


「本当に大丈夫か」


囁くような声だった。


オスカーの喉が小さく動く。


その瞬間―― ラルフの指が、そっと耳に触れた。



次の瞬間。



オスカーの瞳が、一瞬で赤く変わった。



呼吸が荒くなり、体がびくりと震えた。


「……ラル…フ」


小さくオスカーが名を呼んだ。


ラルフは驚かなかった。


その目をまっすぐ見つめたまま、低く呟く。


「やはりか」


次の瞬間、ラルフはオスカーをソファーへ押し倒した。


「大人しくしろ、オスカー」


短い命令だった。


オスカーの体が反射的に抵抗する。


ラルフは片手でその体を押さえつけた。


もう片方の手には、すでに薬が握られている。


昨日、黒狼から渡された薬だった。


「頑張って飲め」


だが―― 防衛反応なのか、オスカーの口が開かない。



ラルフは舌打ちする。


そして親指でオスカーの唇をなぞった。


ゆっくりと。


その刺激に、オスカーの口がわずかに開く。


舌がペロッと指に触れた。



その瞬間を逃さなかった。



ラルフはすぐに薬を流し込み、口を押さえる。


「飲め」


オスカーの喉が動く。


ゴクッ。


薬が飲み込まれた。


次第に体の力が抜けていく。


赤かった瞳が、ゆっくり元の色へ戻っていった。


オスカーはそのまま、深い眠りに落ちた。


ラルフはしばらく様子を見ていた。


そして静かに体を起こし、

オスカーの体勢を直し、毛布をかけた。


ラルフはその横の床に座り込んだ。



どうしたらいいのか……


アルトシュタインには治療薬はない。


ここである程度治していかなければ、オスカーはいつか暴走する。



ラルフは小さく息を吐いた。


「……俺に男の趣味はない」


ぽつりと呟く。


「リリアが一番だ」


それでも、オスカーを放っておくことはできなかった。



ラルフはソファーにもたれた。


そのまま考え込みながら、いつの間にか眠ってしまった。


ラルフもまた、心労が重なっていた。




リリアはまだぼんやりとした視界の中で、隣に手を伸ばす。


だが――


そこにあるはずの温もりは、残っていなかった。


ひんやりとしている。


「……ラルフ?」


小さく呟き、リリアは体を起こした。


ベッドから降り、ゆっくりと扉へ向かった。


リビングへ出る。


すると―― ソファーには毛布を掛けて眠っているオスカー。


そしてその横では、床に座り込むような姿で、ラルフが眠っていた。


ソファーにもたれたまま、腕を組んでいる。


その姿は、昨夜そのまま眠ってしまったのだとすぐに分かった。


リリアは静かに近づいた。


「ラルフ……」


そっと肩に手を置く。


ラルフの眉がわずかに動き、ゆっくりと目が開く。


焦点が合うまで少し時間がかかった。


そして目の前にいるリリアを見て、小さく息を吐く。


「リリアか」


少し掠れている声だった。


リリアはしゃがみ込み、ラルフの顔を覗き込んだ。


その表情は、いつもより疲れて見えた。


「ラルフ……大丈夫ですか」


心配そうな声だった。


ラルフはリリアの頭に手を置き軽く撫でた。


「問題ない」


それだけだった。



だがリリアには分かる。


昨夜ほとんど眠っていないのだろう。


リリアはそれ以上何も言わなかった。



その時、寝室の扉が開いた。


「もう起きてるのか」


クラウスだった。


後ろからガルムも顔を出す。


「お姉ちゃん起きてる!」


ガルムは嬉しそうに駆け寄った。


リリアは優しく微笑む。


「おはよう、ガルム」


ガルムはすぐにリリアに抱きついた。


尻尾が嬉しそうに揺れている。


「体もう大丈夫?」


「うん、大丈夫よ」


リリアはガルムの頭を撫でた。


クラウスはラルフが床に座ったままの姿を見た。


何か察したようだったが、何も言わなかった。



やがて皆それぞれ支度を始めた。


しばらくして、扉の外からノックが聞こえる。


獣騎士団の兵士が朝食を運んできた。


簡素な食事だった。


パン、スープ、少しの肉。


軍の宿舎らしい食事だ。


皆でテーブルにつく。


静かな朝だった。


リリアはスープを口に運びながら、ふと視線を向けた。



オスカーはソファーでまだ眠っている。


微動だにしない。


リリアは少し眉を寄せた。


「副団長……大丈夫ですかね」


心配そうに言った。


クラウスもオスカーの方を見る。


「全然起きないな。薬の副作用か」


静かに言った。


ガルムも不安そうにオスカーを見る。


「副団長の中で魔力が悪さしてる……」


「人間には魔力なんてないだろ」


クラウスが眉間にシワを寄せた。


「あっ」

リリアが思い出したように話し始めた。


「副団長が地下に連れて来られた時、ヒョウの獣人が副団長の腕に手を当ててました」


ラルフとクラウスは渋い顔をした。


「人間の身体に魔力が流れるとどうなるんだ」


ガルムが答えた。


「人間は魔力を身体に馴染ませられないから、身体の中で暴れて暴走するの……」


「それでか」


ラルフは呟いた。


「それでとは」


クラウスが聞いた。


するとラルフが静かに話した。


「昨夜、強めの薬を使った」


部屋に少しだけ不安な空気が流れた。


その後、ラルフは何も言わず、一点を見つめていた。


まるで何かを考えているようだった。


昨夜のことが頭に残っている。



赤く変わった瞳。

荒い呼吸。

そして―― 自分の名前を呼んだ声。

薬だけの異変ではなかったのか……。



ラルフは小さく息を吐き、立ち上がる。


「少し外す」


短くそれだけ言うと、部屋を出た。


扉の外には、獣騎士団の護衛が立っている。


ラルフは低い声で何かを伝えた。



獣人の騎士は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷く。



ラルフは、黒狼に取り次ぎを頼んだのだった。


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