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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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戸惑い

カーテンの隙間から、傾いた光が差し込んでいた。


やわらかな橙色の光が、静かな部屋を照らしている。


リリアはゆっくりと目を開けた。


ぼんやりとした視界。


見覚えのない天井だった。


石造りの壁に質素な室内。


ゆっくりと瞬きをする。


頭が重く、身体もだるかった。


(……ここは……)



視線を横に動かす。


隣のベッドには、オスカーが眠っていた。


深く息を吐きながら横たわっている。


まだ目を覚ましていないようだった。



リリアは周囲を見回すが、ラルフの姿はない。


代わりに、扉の向こうから微かな話し声が聞こえてきた。


リリアはベッドの縁に手をつき、ゆっくり身体を起こす。


まだ力が入りにくい。


足元が少しふらついた。


それでも壁に手をつきながら立ち上がり、扉へ向かった。


そっと開けた。


すると――


その場にいた全員の視線が、一斉にこちらへ向いた。



「お姉ちゃん!」


ガルムだった。


驚いたように立ち上がる。


「リリア」


ラルフもすぐに立ち上がった。


大きな歩幅で近づき、リリアの身体を支える。


「無理するな」


低い声だった。


同時にクラウスも立ち上がる。


手に持っていた毛布を広げ、そっとリリアの肩へ掛けた。


「身体が冷える」


静かな声だった。


リリアは周囲を見回した。


少し戸惑ったように聞く。


「……ここは、どこですか」


ラルフが答える。


「ルーヴェル王国の獣騎士団宿舎だ」


短い説明だった。


ラルフはそのままリリアをソファーへと導く。


「座れ」


リリアは大人しく腰を下ろした。


ラルフが様子を見つめる。


「体調はどうだ」


リリアは少し考えた。


「……大丈夫です」


だが声にまだ力はない。


ラルフは静かに言った。


「ほぼ丸一日眠っていた。無理しなくていい」


リリアは驚いた。


「そんなに……」


ラルフは短く頷く。


「昨日の夜からだ」


その言葉で、少しだけ記憶が揺れる。


薄く残る断片。

甘い匂い。

熱い身体。

苦しそうなオスカー。


そこまで思い出したところで、頭が重くなった。



それ以上は思い出せない。


リリアは小さく息を吐いた。



その時、ガルムの姿が目に入る。


ガルムは少し離れた場所に立っていた。


耳と尻尾が下がっている。


目には涙が浮かんでいた。


リリアの胸が痛む。


「ガルム」


優しく呼ぶ。


「ごめんね」


ガルムが顔を上げた。


「守ってあげられなくて」


その言葉に、ガルムの目から涙がこぼれた。



「お姉ちゃん……」


リリアは優しく微笑む。


「こっちにおいで」


手を差し出す。


ガルムは駆け寄り、リリアの隣へ座る。


そのまま抱きついた。


リリアはその頭をゆっくり撫でる。


ガルムの耳がぴくりと動いた。



コンコン。



扉がノックされた。



クラウスが扉を開ける。


そこに立っていたのは―― 黒狼の獣人だった。


ルーヴェル王国獣騎士団団長。


その隣には副長の姿もある。


副長は入り口に立ったままだった。


黒狼は静かに部屋へ入り、

リリア達の向かいのソファーへ腰を下ろす。


薄紫色の瞳が室内を見渡した。


「症状はどうだ?」


低く落ちる声だった。


ラルフが答える。


「皆、少しずつ落ち着いてきている」


黒狼は小さく頷く。


「そうか。それは良かった」


ほんのわずかに安堵の色が見えた。


だがすぐに表情を戻す。


「まだ副作用など分かっていない薬だ。よく観察してくれ」


ラルフは頷いた。


「分かった」


黒狼は副長へ目配せする。


副長が一歩前へ出た。


手に持っていたものをテーブルへ置く。


「サイズが合うか分かりませんが」


そこには女性用のロングワンピースが置かれた。


リリアは今、下着とシャツしか着ていない。


状況を理解し、少し頬を赤らめる。


「ありがとうございます」


リリアは頭を下げた。



黒狼はリリアを見た。


「リリアさんと言ったか」


リリアが顔を上げる。


黒狼は静かに言った。


「獣人の耳と尻尾は特別なものだ」


視線がガルムへ向く。


「特別な相手にしか触らせない」


リリアの手が止まる。


ガルムの頭を撫でていた手だった。


黒狼は続ける。


「意味は分かるか?」


リリアは小さく頷く。


「はい……」


黒狼は言う。


「彼は子供だ。問題ない」


少し間を置く。


「だが成人した獣人の耳や尻尾は触れないように」


静かな忠告だった。



その時、ガルムが顔を上げる。


「僕はお姉ちゃんに撫でてもらうの好きだよ」


嬉しそうに言う。


その様子に黒狼は小さく笑った。


「そうか」


微笑ましそうに眺めていた。



やがて立ち上がる。



「何か必要な物があれば、扉の外の護衛に言ってくれ」


「感謝する」


ラルフが頷く。


黒狼と副長は部屋を後にした。


扉が静かに閉まる。


リリアはワンピースを手に取る。


「少し、失礼します」


そう言って浴室へ向かった。


シャワーの音がしばらく続き、ワンピース姿で戻ってきた。


窓の外はすでに暗くなっていた。



リビングに入ると、ラルフが立ち上がる。


「来い」


椅子に座らせた。


そしてタオルを手に取り、濡れた髪を拭き始める。


リリアは少し驚いた。


「……ラルフ」


ラルフは何も言わない。


ただ黙って髪を乾かしていく。


机には食事が運ばれていた。


スープとパン。


リリアはスープを少しだけ口にするが、あまり食欲はなかった。



しばらくして、寝室の扉が開いた。


オスカーだった。


まだ顔色は悪い。


身体を引きずるように歩いている。


誰とも目を合わせないで、無言で浴室へ入った。



リリアは心配そうに言う。


「副団長……体調悪そうですね」


クラウスが視線を向けた。



「捕まっていた時のことは覚えているか?」


リリアは少し考えて、答えた。


「副団長が苦しそうにしていたところまでは覚えています。その後は……思い出せません。すみません」


申し訳なさそうに言う。



ラルフとクラウスは目を合わせた。


ほんの少しだけ、ほっとした空気が流れる。


ラルフが言った。


「気にするな」


それだけだった。



しばらくして浴室の扉が開く。


バスローブ姿のオスカーが出てきた。


髪から水が滴っている。


ラルフは小さくため息をついた。


そして立ち上がる。


オスカーの首に掛かっていたタオルを取った。


「座れ」


ソファーへ座らせる。


そのまま髪を拭き始めた。


オスカーは何も言わないで、ただ俯いていた。


ラルフが聞いた。


「体調はどうだ」


返事はない。


ラルフは眉を寄せた。



そしてオスカーの前へしゃがみ込む。


顔を覗き込んだ瞬間―― 目が合った。


オスカーの瞳は緑と薄い赤の二つの色が混ざっていた。


オスカーの耳が赤くなる。


慌てて顔を逸らした。


「大丈夫です」


小さな声だった。



ラルフは少し見つめる。



「無理するな。辛いなら寝てろ」


そう言ってラルフはオスカーの頭をくしゃっと撫でた。


オスカーは何も言わない。


ただ少しだけ目を閉じた。


その仕草は―― どこか安心したようにも見えた。

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