罪悪感
夜はすっかり更けていた。
ルーヴェル王国獣騎士団の宿舎は静まり返っている。
石造りの建物の廊下には、一定間隔で見張りの獣人騎士が立っていた。
窓の外には森が広がり、冷たい夜風が静かに木々を揺らしている。
ラルフ達に与えられた部屋の中も、静かだった。
寝室では、リリアとオスカーがそれぞれのベッドに横たわっている。
二人ともまだ目を覚ましていない。
リリアの額には薄く汗が滲んでいた。
呼吸は浅く、まだ熱を帯びている。
ラルフはその横に椅子を引き寄せ、ずっと座っていた。
腕を組み、ただ黙ってリリアを見ている。
ガルムはリビングのソファーで毛布をかけて眠っていた。
クラウスは窓の側に立ち、外の様子を見ていた。
やがて静かに言う。
「見張り多いですね」
ラルフは短く答えた。
「当然だ」
敵国の騎士。
しかも潜入していた人間だ。
信用されるはずがない。
クラウスは振り返った。
「とはいえ、助けられたのも事実です」
ラルフは何も答えなかった。
その時だった。
オスカーのベッドから、低い声が漏れた。
「……うっ……はぁ……」
ラルフとクラウスが同時に振り向く。
オスカーの体がわずかに動いている。
眉を寄せ、苦しそうに呼吸していた。
「副団長」
クラウスが近づく。
呼吸が荒い。
体が小さく震えている。
ラルフも立ち上がり、ベッドの側へ寄った。
「オスカー」
オスカーの目がゆっくり開いた。
だが―― その瞳は少しおかしかった。
いつもの緑色ではなく、薄く赤みを帯びている。
焦点が合わず、呼吸も荒い。
オスカーはゆっくり体を起こした。
「ここは……」
ぼんやりと辺りを見回す。
クラウスが答えた。
「ルーヴェル王国獣騎士団の宿舎です」
ラルフが声をかける。
「身体はどうだ」
オスカーは手で顔を覆った。
「最悪です……」
かすれた声だった。
クラウスが眉を寄せる。
「まだ薬抜けないか」
オスカーは息を整えながら言った。
「さっきの薬……まだ残ってる」
唇を噛む。
クラウスは状況を理解した。
オスカーは深く息を吐く。
「はぁ……」
額から汗が流れ落ちた。
指先が震え、力が入らない。
クラウスが言う。
「堪えられそうか」
オスカーは苦く笑った。
「それができたら……苦労しません」
呼吸がまた荒くなる。
ラルフとクラウスは目を合わせた。
オスカーが低く言う。
「団長……」
声が震えていた。
「本当に、もう……限界です」
オスカーは目を閉じる。
クラウスは状況を察した。
「リビングにいます」
それだけ言って部屋を出ていく。
扉が静かに閉まった。
ラルフが小さく言う。
「自分で何とかできるか」
オスカーは顔を上げ、苦笑した。
「さすがに……」
視線を横にやり、眠っているリリアを見る。
「ここでは無理ですよ」
声はほとんど囁きだった。
「起きたらどうするんです」
ラルフはしばらく黙っていた。
オスカーは再び顔を伏せる。
呼吸がさらに荒くなる。
シーツを握る手が、力なく震えていた。
ラルフは近づき、オスカーの顎を持ち上げる。
目を合わせた。
赤みを帯びた瞳が揺れている。
「赤みが増してる。薬をもらってくるか」
ラルフが立ち上がろうとした瞬間――
オスカーが震える手で、ラルフの服の端を掴んだ。
「……ラル……フ」
突然、名を呼ぶ。
オスカー自身もはっとした。
ラルフの眉がわずかに動いた。
「……っ、すまない。どうかしてた」
慌てて手を離す。
ラルフは無言でオスカーを見た。
唇が切れるほど歯を食いしばっている。
それでも、オスカーは自分の名を呼んだ。
(……そこまでか)
ラルフは小さく息を吐いた。
今は、理屈じゃない。
楽にしてやりたかった。
そして手を伸ばした。
オスカーの呼吸が止まりかける。
「……何してるんです」
小声だった。
ラルフは答えない。
無言のままズボンのベルトに手を掛ける。
「本当に限界なんだな」
オスカーは苦しそうに言った。
「見て分かるでしょう……」
声が掠れている。
呼吸が乱れる。
「……っ」
喉の奥で、押し殺した声が漏れた。
シーツを弱く握る。
「……団長……ダメですっ」
オスカーは目を閉じた。
身体が勝手に反応してしまう。
普段のオスカーからは想像できない声だった。
ラルフが静かに言う。
「静かにしろ。リリアが起きる」
落ち着いた声だった。
オスカーは息を詰める。
それでも小さく声が漏れる。
「……っ……」
顔を背けた。
「……勘弁……してください」
かすれた声だった。
「こんな声……聞かれたら、男として終わります」
ラルフが少しだけ口元を緩める。
「話してる元気があるんだな」
意地悪く言った。
オスカーは眉を寄せる。
「……んっ……」
声が抑えきれなくなる。
「団……長……もう……」
呼吸がさらに乱れる。
「……んっ!!」
オスカーは肩で大きく息をした。
必死に声を押し殺す。
その時だった。
隣のベッドで、リリアが小さく動いた。
オスカーの身体がびくりと止まる。
「……っ……」
かすれた声。
「だから……言ったでしょう……」
荒い息の合間に呟く。
大きく息を吐く。
「……はぁ……っ」
胸が上下する。
収まるかと思われた。
だが―― オスカーの身体には、まだ熱が残っていた。
ラルフはそれに気づく。
何も言わず、もう一度手を動かした。
「……もう!」
オスカーが顔を上げる。
小さく首を横に振った。
だがラルフは止めない。
身を屈め、耳元で低く囁く。
「無理するな」
オスカーは息を詰めた。
「……っ」
顔が一気に熱くなる。
見透かされていることが、ひどく恥ずかしかった。
だが、身体は止まらない。
次々と波のように熱が押し寄せる。
呼吸がまた乱れた。
「……っ……」
声が漏れかける。
オスカーは歯を食いしばった。
隣にはリリアが眠っている。
声を出すわけにはいかない。
肩で息をしながら、身体の震えに耐える。
やがて―― 身体に強く力が入る。
「……ん!!……っ」
胸が激しく上下し身体がビクッとする。
張り詰めていた身体から、ゆっくり力が抜けていった。
握り締めていたシーツが、指の間から滑り落ちる。
オスカーはそのままベッドに崩れ落ちた。
額の汗を拭う気力もない。
荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
「……はぁ……」
長く息を吐く。
瞼が重く落ちる。
そのまま、力尽きたように眠りに落ちていった。
ラルフは眠ったオスカーを見下ろした。
そして小さく息を吐いた。




