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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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静かな監視

石造りの施設の廊下には、まだ戦闘の痕跡が残っていた。


倒れた獣人。


砕けた扉。


壁には深い爪痕が刻まれている。


つい先ほどまで、

激しい戦闘があったことがはっきりと分かる光景だった。



重い空気の中を、規則正しい足音が響く。


ルーヴェル王国獣騎士団だった。



先頭を歩くのは、黒狼の獣人。


その背中は静かだったが、圧倒的な存在感を放っていた。


その後ろに、ラルフ達が続いている。


ラルフの腕の中には、ぐったりとしたリリアがいた。


外套に包まれ、小さく呼吸をしている。


額には汗が滲み、頬はまだ赤かった。


熱を帯びた体温が、ラルフの腕に伝わってくる。



ラルフは何も言わなかった。


ただ強く抱き寄せている。


まるで、離せば消えてしまうかのように。



その様子を、黒狼が振り向いて見た。


「その女が婚約者か」


低く落ちる声だった。


ラルフは短く答える。


「ああ」


それ以上は言わない。


黒狼は一度だけリリアを見た。


薄紫色の瞳が、わずかに細くなる。


何かを考えるような視線だった。


だが、すぐに前へ向き直る。


それ以上は何も言わなかった。



その時だった。


後ろから声がかかる。



「団長」


獣騎士団の一人だった。


黒狼が足を止める。


「地下の牢を確認しました」


報告する声は落ち着いていた。


「捕らえられていた獣人達は、すべて解放しました」


黒狼が静かに頷く。


「負傷者は」


「多数います。ですが命に関わる者はいません」


その言葉を聞き、黒狼は小さく息を吐いた。


「そうか」


短い返事だった。


だがその声には、わずかな安堵が混じっていた。



ラルフはその会話を聞きながら歩いていた。


その時だった。


腕の中のリリアが、わずかに動いた。


「……ん……」


かすかな声。


ラルフの足が止まる。


「リリア」


低く呼んだ。


リリアのまぶたが少し動く。


だが目は開かない。


呼吸はまだ荒かった。


体も熱い。


黒狼がその様子を見て言った。


「彼らに使われた薬だが、まだ完全には抜けていない」


ラルフの眉が寄る。


「どうなる」


短く聞く。


黒狼は静かに答えた。


「しばらくすれば落ち着く」


そして一度だけ視線をリリアに向けた。


「……普通ならな」


ラルフの目が鋭くなる。


「どういう意味だ」


黒狼は歩みを少し止めた。


「我々の仲間でも、ああなる者が出ている」


クラウスが眉を寄せた。


「ああなるとは?」


黒狼は短く答える。


「暴走だ」


空気がわずかに張り詰めた。


クラウスが続ける。


「実験の影響ですか」


「恐らくな」


黒狼は短く答える。


そして少し視線を後ろへ向けた。


そこには、担がれて運ばれているオスカーがいた。


まだ意識は戻っていない。


「とくに彼の方は、どうなるか分からないな」


その言葉にラルフの表情が険しくなる。


だが何も言わなかった。


黒狼が続ける。


「とりあえず今日は、我々の獣騎士団宿舎に滞在してもらう。そこで様子を見る」


ラルフは一度だけ頷いた。


「助かる」


短い言葉だった。


だがそこには、確かな礼があった。




その後。


ラルフ達は、獣騎士団の宿舎へ案内された。


軍施設らしく、余計な装飾はない。


だが整然としている。


部屋は、広めの一室に通された。


簡易的な机と椅子。


そして奥に寝室がある。



「ここを使え」


獣騎士団の団員が言った。


ラルフは部屋を見渡した。


窓の外には、獣騎士団の見張りが立っている。


逃げられない配置だった。


(……捕虜、か)


ラルフは内心で思った。



表面上は保護。

だが実際には監視下にある。



当然だった。


敵国の騎士団なのだから。


奥の寝室に、リリアとオスカーを寝かせた。


二台のベッド。


二人ともまだ意識がない。


リリアの呼吸は荒いままだ。


オスカーも、額に汗を浮かべている。


ラルフはしばらく黙って立っていた。


ガルムが小さく言う。


「お姉ちゃん……」


不安そうだった。


ラルフは何も答えなかった。


ただリリアを見ている。


何が起きるか分からない。



薬。

暴走。

黒狼の言葉。



胸の奥がざわつく。


その時、クラウスが静かに言った。


「団長」


ラルフは視線を向けた。


「ガルムをどうしますか」


その言葉に、ラルフは少し黙った。


ガルムを見る。


まだ子供だ。


だが今回の任務では、重要な役割を果たしている。


もし―― 今夜、何かが起きたら。


ガルムも巻き込まれる。


ラルフは腕を組んだ。


「悩むところだな」


クラウスも同じ考えだった。


「別室に預ける手もあります」


「だが離せば、あいつは心配する」


ラルフの視線が、リリアへ向く。


ガルムは黙っていた。


その表情には、強い決意があった。


「僕、ここにいる」


小さく言う。


ラルフはしばらくガルムを見ていた。


そして小さく息を吐いた。


「そうか」


だが胸の奥の不安は消えない。


ラルフは椅子に腰を下ろした。


両肘を膝に乗せ、深く項垂れる。


(どうなるんだ……)


リリア。

オスカー。

敵国。

暴走する獣人。

すべてが、まだ見えない。



ラルフは目を閉じた。



静かな夜が、ゆっくりと更けていった。

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