閉ざされた部屋
ガルムは必死に気配を辿っていた。
リリアの魔力。
微かな痕跡を追う。
「……建物」
ぽつりと言った。
ラルフが視線を向ける。
「何が見える」
ガルムは息を整えながら言った。
「石の建物と森……」
「お姉ちゃん、担がれてる」
ラルフの目が細くなる。
ガルムは続けた。
「地下……茶色い扉」
それ以上は見えなかった。
ラルフはすぐに理解した。
「俺が行く」
即座に言った。
だがオスカーが口を開く。
「ガルムは怪我をしています」
落ち着いた声だった。
「あなた一人では何かあった時にどうするんです」
ラルフの視線が鋭くなる。
だがオスカーは続けた。
「団長達は一度宿屋に戻ってください。
私が偵察してきます」
クラウスが眉を寄せた。
「危険だ」
オスカーは小さく笑った。
「だから俺が行くんですよ」
そして静かに続ける。
「もし夕刻になっても戻らなければ、その時は団長が動いてください」
ラルフは黙っていた。
しばらくして低く言う。
「分かった」
苦渋の決断だった。
オスカーは軽く頷く。
「行ってきます」
そのまま振り返り、すぐに出発した。
ガルムの見たイメージ。
それを頼りに、リリアが消えた周辺を探っていく。
静かな森だった。
足音を消しながら進む。
やがて建物が見えた。
石造りの古い施設。
窓は少ない。
だが、その瞬間だった。
背後に気配。
オスカーは瞬時に振り向いた。
剣に手をかける。
そこにいたのは獣人だった。
瞳が赤く血走っている。
理性がない。
「……っ」
構える。
だが――
背後にもう一つの気配。
振り向くより早く、布が口に押し当てられた。
甘い匂い。
「っ……!」
意識が揺れる。
膝が崩れる。
視界が暗くなる。
最後に見えたのは―― 赤い瞳だった。
そして意識が途切れた。
同じ頃。
リリアはゆっくり目を開いた。
ぼやけた視界。
頭が重い。
体も思うように動かない。
「……っ」
息を吸う。
冷たい空気。
石の匂い。
無機質な部屋だった。
壁は石造り。
正面には大きなガラス窓が一枚。
その横には扉。
それ以外、何もない。
家具もない。
ただの部屋だった。
リリアはゆっくり体を起こそうとする。
だが力が入らない。
体が痺れていた。
指先まで重い。
(さっきの……)
布。
甘い匂い。
(薬……)
そう思った。
ガチャリ。
扉が開いた。
入ってきたのは―― ヒョウの獣人だった。
片目に傷。
ガルムの映像で見た男。
男はゆっくりリリアを見下ろした。
「やっとお目覚めですか」
冷たい声だった。
リリアは睨み返す。
男は口元を歪めた。
「あなたですよね」
ゆっくり近づく。
「毎回邪魔してくれていたのは」
リリアは何も言わない。
男は続ける。
「隣国の王妃も殺し損ねましたし」
ニヤリと笑う。
「どうしてくれるんですか」
リリアの目が鋭くなる。
男は肩をすくめた。
「まあいいでしょう」
ふと思い出したように言う。
「そういえば、
今しがた、あなたのお仲間さんも捕まえたんですよ」
リリアの瞳が揺れた。
「人間のサンプルは少ないんでね」
楽しそうに言う。
「助かりますよ」
男が顎で合図した。
別の獣人が入ってくる。
片手で何かを掴んでいた。
次の瞬間。
ドサッ。
床に投げられた。
オスカーだった。
「副団長!」
思わず声が出る。
ヒョウの獣人は笑っていた。
オスカーに近付き腕に手を当てる。
「……っ……く……」
オスカーの体が震える。
体の奥に、熱いものが流れ込んできた。
まるで血の代わりに魔力が巡っているようだった。
獣人は手を離した。
「これからどうなるか、楽しみですね」
そして部屋を出て行った。
扉が閉まる。
静寂。
リリアは必死に体を動かす。
重い体を引きずって扉へ向かう。
だが扉は動かない。
鍵がかかっていた。
リリアは振り返る。
オスカーの元へ駆け寄った。
「副団長!」
肩を揺する。
「副団長、起きてください!」
「……っ……」
低い声。
オスカーの瞳がゆっくり開く。
「……リリア」
体を起こし、壁にもたれた。
「大丈夫ですか」
リリアが聞く。
オスカーは苦い顔をした。
「獣人の動きが読めなかった」
申し訳なさそうだった。
リリアは首を横に振る。
「ここはどこだ」
オスカーが周囲を見る。
「場所は分かりません」
リリアが答える。
「でも、ガルムの映像で見た場所と同じです。
獣人もいました」
オスカーの目が細くなる。
「ということは、アジトには入ったってことだな」
小さく息を吐き、周囲を見回す。
「さて、どうやってここから出るか――」
その時だった。
甘い匂いが流れ込んできた。
オスカーがすぐ気付く。
「口と鼻を覆え」
リリアもすぐに袖で口を押さえる。
だが、オスカーの呼吸が次第に荒くなっていった。
「……っ」
額に汗。
呼吸が重い。
リリアはまだ耐えられていた。
だがオスカーは違った。
袖で覆っていた手が床に落ちる。
息が荒い。
「副団長?」
リリアが声をかける。
オスカーは外套を脱ぎ捨てた。
シャツのボタンを乱暴に外す。
「あつっ……」
苦しそうな声。
「身体が……燃えそうだ」
リリアは戸惑った。
どうすればいいのか分からない。
その時、オスカーの瞳がリリアを捉えた。
腕を掴まれる。
強い力だった。
「副団長っ」
リリアが驚く。
オスカーはリリアを引き寄せた。
そして―― 強引に口づけた。
「……んっ……!」
リリアは必死に抵抗する。
だが体が重い。
力が入らない。
オスカーの力は強かった。
いつもより荒い。
痛みを感じるほどだった。
やっと唇が離れる。
「副団長!止めてください!」
その瞬間、オスカーの動きが止まった。
荒い呼吸。
唇を強く噛み締めた。
血が滲むほどに。
「……悪い」
苦しそうに言う。
「身体が……言うこと聞かない」
目を閉じる。
「俺から離れろ」
リリアは急いで後ろへ下がった。
壁の反対側まで離れる。
オスカーは目を閉じたまま、必死に呼吸を整えていた。
拳が震えている。
まるで、自分自身と戦っているようだった。
重い沈黙が、部屋を包んでいた。




