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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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赤い瞳

夜明けの光が、森の奥へゆっくり差し込み始めていた。


しかし森の中はまだ暗い。


高く伸びた木々が光を遮り、足元には薄い霧が漂っている。


湿った土の匂いと、冷たい空気だけがそこにあった。



蹄の音が静かに響く。


ラルフを先頭に、五人は森の中を進んでいた。


馬の速度は落としている。


リリアはガルムの後ろに乗りながら、周囲を見ていた。


森は静かすぎた。


不自然なほどに。


その時だった。


ガルムの耳がぴくりと動いた。


リリアはすぐ気付く。


(……何かいる)


同時に、ラルフの馬が小さく鼻を鳴らした。


落ち着かない様子で地面を掻く。


ラルフが眉を寄せた。


「どうした」


低い声だった。


次の瞬間。


ガルムが小さく言う。


「……いる」


空気が変わる。


ラルフはすぐに手綱を引いた。


後ろの馬も次々と止まった。


森が静まり返る。


オスカーが視線を巡らせた。


「どこだ」


ガルムは森の奥を見たまま答えた。


「……前。気を付けて」


その声には、はっきりとした警戒があった。


沈黙が落ちる。


次の瞬間だった。



ザッ――



茂みが激しく揺れた。


影が飛び出す。


獣人だった。


だが―― 様子がおかしい。


呼吸が荒い。


体中が泥と血にまみれている。


そして、瞳が、赤かった。



ラルフの声が低く落ちる。


「下がれ」


次の瞬間。


獣人が地面を蹴った。


一直線に突っ込んでくる。



速い。


オスカーが馬から飛び降りた。


剣を抜く。


だが刃は使わない。


ガンッ!!


柄で顎を打った。


獣人の体が大きく揺れる。


それでも止まらない。


腕を振り上げる。


鋭い爪が振り下ろされた。


「……っ」


オスカーが体をひねる。


爪が地面をえぐった。


土が飛び散る。


その瞬間。


ラルフも馬から降りていた。


一歩踏み込み、拳が腹へ叩き込まれる。


ドンッ!!


鈍い衝撃音。


獣人の体が大きく折れ、そのまま地面に崩れ落ちた。


森が静まり返る。



荒い呼吸だけが残った。


オスカーが膝をつき、獣人の顔を覗き込む。


そして眉をひそめた。


「様子がおかしい」


クラウスが近づく。


「確かに」


獣人の瞳はまだ赤い。


焦点が合っていない。


まるで理性が失われているようだった。


袖の隙間から何かが見えた。


ラルフが低く言う。


「腕を見ろ」


オスカーが袖をめくる。


三人の視線が止まった。



腕の皮膚が黒く変色している。

焼けたような跡。

皮膚の下で何かが脈打っているようだった。



オスカーが小さく呟く。


「……何だこれは」


クラウスが眉を寄せる。


「火傷ではないな」


ラルフも見下ろす。


「毒か?」


オスカーは首を横に振った。


「違いますね」


しばらく観察する。


「こんな跡は見たことがない」



沈黙。


その時、倒れていた獣人の指が動いた。



ガルムがすぐに反応した。


「急いで!」


声を抑えながらも、強い口調だった。


「馬を隠して!僕たちは違うところに隠れないと!」



その視線は森の奥を向いていた。


金色の瞳に、はっきりと恐怖が浮かんでいる。


ラルフがすぐに判断する。


「急げ」


全員が素早く動いた。


馬を近くの木々の陰に隠す。


蹄の音を抑えながら、枝で覆い隠す。


そして少し離れた場所へ移動した。


木々の影に身を潜める。


その時だった。



森の奥から音がした。


ドン。

ドン。

ドン。


重い足音。


地面がわずかに揺れる。


リリアの心臓が大きく鳴った。


影がゆっくり姿を現す。


獣人だった。


だが―― さっきの個体とは、明らかに違う。


体が大きく、筋肉が異常に膨れ上がっている。


そして、瞳は―― 完全に赤く燃えていた。



リリアは思わず息を呑む。


(……大きい)


ガルムは静かに手を上げた。


声を出すな、という合図。


ラルフ達は小さく頷く。


巨大な獣人は周囲を見回した。


そして、地面に倒れている獣人を見つける。


ゆっくり近づき―― その体を片手で持ち上げた。


信じられない力だった。



そのまま何事もなかったかのように、森の奥へ去っていく。


足音が遠ざかる。


森が再び静かになった。



しばらく誰も動かなかった。


やがてラルフが小さく言う。


「移動する」


全員が頷く。


場所を変え、少し開けた場所で足を止めた。


ラルフは腕を組み、考え込んでいた。


眉間に深いシワが寄る。


「どうなっているんだ」


低い声だった。


「さっきの火傷みたいな傷はなんだ」


答えは誰も持っていない。


沈黙が落ちる。



ガルムがラルフ達を見上げる。


「僕、さっきの人たちの気配……記憶、追ってみる」


ラルフが視線を向ける。


「できるのか」


ガルムは小さく頷いた。


そしてリリアの手を握る。


「お姉ちゃん、少しだけ」


リリアも頷き、目を閉じる。



ガルムの力が流れ込む。


視界が揺れた。

巨体の後ろ姿。

無機質な建物。

石でできた施設。

地下へ続く階段。

そして―― 別の獣人が拘束されている。

手足を縛られ、身動きが取れない。

その前に立つ影。

ヒョウの獣人だった。

片目に大きな傷がある。

冷たい目。

その獣人が薬を飲ませる。

次の瞬間、魔力を流し込む。

手を置いた場所が―― 焼ける。

獣人が苦しそうに叫んだ。



「……っ」


リリアの体が震えた。


息が苦しくなり、膝が崩れた。


「リリア!」


クラウスが支える。


リリアは地面に手をつき、荒く呼吸した。


「……はぁ……はぁ……」


額には汗が滲んでいた。


ラルフがしゃがむ。


「大丈夫か」


リリアは息を整えながら頷く。


「……見えました」


そして、ゆっくり説明した。


ラルフ達は黙って聞いている。



話を聞き終えたオスカーが腕を組んだ。


「なら……あの火傷の跡みたいなのは、魔力を無理やり流し込まれた跡かもしれないな」


クラウスが続く。


「実験か」


オスカーが頷く。


「その可能性は高い」


クラウスは周囲を見渡した。


「この辺は危ない。一度街まで出たほうがいい」


ガルムがはっとして、すぐに言った。


「馬はダメ!」


全員が振り向く。


「獣人は嗅覚や聴覚が優れてるから……匂いで気づかれる」


ラルフはすぐ判断した。


「必要な物だけ持て」


荷物を外す。


外套を羽織る。


フードを深く被る。


そして五人は徒歩で森を抜けた。



日が傾き始めた頃。


ようやく街が見えた。


小さな街だった。


だが人の気配がある。


リリアは小さく息を吐いた。


「着きましたね」


宿を探す。


運よく空き部屋があった。



「一部屋だけですが宜しければ」


宿の主人が言った。


オスカーが肩をすくめる。


「ないよりはましですね」


部屋へ入る。


ダブルベッドが二台。

大きめなソファーが一つ。

小さな机。


潜入中の会議をするには、むしろ都合がよかった。



ラルフが部屋の中央で止まる。



「さて整理するぞ」


低い声。



潜入任務は―― まだ始まったばかりだった。

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