動き出す影
朝の柔らかな光が、王宮の窓から差し込んでいた。
ラルフの私室。
ベッドの上で、リリアはゆっくりと目を開ける。
昨夜は遅くまで話していたせいか、身体がまだ少し重い。
隣を見ると、ラルフが眠っていた。
腕は自然とリリアの腰に回されている。
(……王宮)
初めて来た訳じゃないのに、
まだ少しだけ実感が追いつかないでいた。
昨日まで騎士団宿舎で暮らしていたのに、
今日から生活が変わる。
リリアがそっと体を起こすと、ラルフも目を開けた。
「……起きたか」
低い声。
まだ少し眠そうだった。
「はい。おはようございます」
リリアが微笑むと、ラルフは小さく頷いた。
「行く準備するか」
「はい」
二人はベッドを降り、それぞれ準備を始めた。
リリアは隊服に袖を通す。
胸元のボタンを留めながら鏡の前で整えていた。
その時。
背後からラルフの足音が近づく。
「リリア」
振り向くと、ラルフが小さな箱を持っていた。
それを開く。
中には―― 金色のネックレス。
星の形をした小さな飾りが、静かに光っている。
「指輪はまだ渡せないし、
騎士団でも邪魔にならない方がいいだろ」
そう言って、リリアの後ろに回る。
ネックレスをそっと首にかけた。
留め具が閉じられる。
ラルフが前に回り、リリアを見る。
「似合う」
短い言葉だった。
リリアは胸元の星をそっと触った。
「ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んだ。
「大事にします」
ラルフからの、はじめての贈り物だった。
ラルフはその様子を見て、わずかに目を細めた。
だがすぐ、少し言いにくそうな顔になる。
「リリア」
「はい?」
「隊服のサイズ……変えるか?」
リリアはきょとんとした。
ラルフは少し視線を逸らす。
「元に戻してもらうか」
理由ははっきりしていた。
ここ最近、隊服の胸元が苦しそうだったのを気にしていたのだ。
「あっ……」
リリアの頬が赤くなる。
「……服のサイズ、変えます」
小さく言った。
そしてラルフを見上げる。
「今のサイズは……嫌いですか」
最後の方はほとんど声になっていなかった。
ラルフは一瞬驚いたが――
ふっと笑った。
「まったく」
呆れたように言う。
「どんどん知恵をつけてないか」
リリアが戸惑う。
ラルフは続けた。
「どうしたら俺が喜ぶか分かってやってるだろ」
「そんなこと……っ……」
言い終わる前だった。
ラルフの腕が動く。
次の瞬間、リリアの体がふわりと浮いた。
「えっ?」
下からお尻を抱えられ、抱き上げられていた。
小さな子供を抱き上げるような抱き方。
リリアは驚いてラルフを見た。
距離が近い。
ラルフの目が細くなる。
そのまま―― 唇が重なった。
短く、優しい口づけ。
離れたあと、ラルフが言った。
「朝から煽るな」
リリアは真っ赤になる。
「煽ってません……!」
ラルフは小さく笑う。
そしてリリアを下ろした。
「行くぞ」
二人は騎士団へ向かった。
その後。
王宮では会議が開かれていた。
長い机。
王族、ラルフ、クラウス、オスカー。
空気は重い。
オスカーが小さな箱を机の上に置いた。
例の箱だった。
「分析結果が出ました」
静かな声。
「毒ではありません」
一瞬空気が緩む。
だがオスカーは続けた。
「ただし……魔力に反応する薬です。
魔力を持たない人間が食べれば最悪死に至るそうです」
クラウスの目が細くなる。
「隣国の研究だな」
オスカーが頷いた。
「可能性は高いです」
王族が言う。
「潜入調査をして調べよ」
沈黙。
そしてラルフが言った。
「俺が行く」
クラウスが静かに話した。
「副団長もだな」
オスカーが一礼する。
「承知しました」
こうして会議は終わった。
その後、ラルフの執務室。
「団長」
リリアが入ってきた。
ラルフは机の前に立っていた。
「隣国へ潜入することが決まった」
リリアの目が見開かれる。
「私も行きます」
即答だった。
「却下だ」
ラルフも即答した。
「危険だからダメだ」
リリアは引かなかった。
「ガルムも参加予定だと聞きました。
ガルムの映像は私しか受け取れません」
ラルフは黙る。
「共鳴が必要なら、私しか出来ません」
その時。
「それはそうだな」
静かな声がした。
全員が振り向く。
扉の近くにクラウスが立っていた。
「潜入なら文官が必要だ」
クラウスは机の前まで歩いた。
「騎士だけでは情報の扱いが荒くなる」
オスカーが苦笑した。
「それは否定できませんね」
クラウスは言った。
「俺も行く」
ラルフの目が細くなる。
「お前は文官だ」
「だからだ」
クラウスは一歩も引かなかった。
ちらりとリリアを見る。
「それに、妹が行くのに、兄が行かないわけにはいかないだろう」
沈黙。
オスカーが小さく息を吐く。
「団長、この人がいると交渉が楽ですよ」
ラルフは深く息を吐いた。
「分かった」
クラウスが頷く。
こうして潜入メンバーが決まった。
ラルフ
オスカー
クラウス
リリア
ガルム
隣国への潜入作戦が――静かに動き始めた。




