譲れない場所
朝の光が、静かに部屋へ差し込んでいた。
暖炉の火は小さく揺れ、部屋は穏やかな空気に包まれている。
リリアはゆっくりと目を覚ました。
身体を少し動かす。
その瞬間。
「……っ」
腰に鈍い感覚が走った。
思わず息を止める。
昨夜の記憶が、断片的に浮かぶ。
耳元の低い声。
逃げ場を塞ぐ腕。
甘く、逃がさないキス。
(……ラルフ)
顔が熱くなる。
その時だった。
「起きたか」
低い声がした。
視線を向けると、ラルフがソファーに座っていた。
すでに着替えている。
机の上には書類が広がっていた。
どうやらずっと仕事をしていたらしい。
「おはようございます」
リリアが言うと、ラルフは視線を上げた。
少しだけ目を細める。
そして、ふっと笑った。
「おはよう」
ラルフは立ち上がり、ベッドへ歩いてくる。
「体調はどうだ?」
穏やかな声だった。
だが、その目はどこか意地悪そうだ。
「……大丈夫です」
リリアが答えると、ラルフは小さく息を吐いた。
「嘘つけ」
頬に指を触れる。
「顔、真っ赤だぞ」
「……っ」
リリアは慌てて布団を引き上げた。
ラルフは楽しそうに笑う。
「今日は寝てろ」
「え?」
「無理するな」
当然のように言う。
リリアは少し困った顔をした。
「でも……」
「でもじゃない」
短く言う。
「昨日あれだけ泣かせたんだ。今日は休め」
その言葉に、リリアの顔が一気に赤くなった。
「ラルフのせいです…」
小さく抗議すると、ラルフは面白そうに笑った。
そして額に軽く口づける。
「じゃあ責任取って休ませる」
リリアは言葉を失った。
ラルフはそのまま上着を羽織る。
「仕事がある。午後は騎士団だ。無理するなよ」
そう言い残し、部屋を出て行った。
扉が閉まる。
部屋が静かになった。
リリアはしばらく天井を見つめていた。
(……寝てろって)
小さく息を吐く。
けれど、リリアはおとなしくベッドで過ごしていた。
数時間後。
リリアはゆっくり起き上がった。
「いつまでも寝てるわけにはいきません」
ぽつりと呟く。
身体はまだ重い。
それでも。
騎士としての感覚が、そうさせた。
私室に戻り、隊服に着替える。
鏡を見る。
(大丈夫)
小さく頷く。
そして部屋を出た。
騎士団の訓練場。
扉を開けた瞬間だった。
「リリア?」
ジークの声だった。
隣にはノルがいる。
二人とも驚いた顔をしていた。
「どうしたんですか?」
ノルが聞く。
「稽古をしようと思って」
リリアが答えると、二人は顔を見合わせた。
「……え?」
ジークが困った顔をする。
「お前、こんなとこにいていいのか?」
「え?」
リリアは首を傾げた。
「どうしてです?」
その時だった。
周囲の団員たちがざわつき始めた。
「おい……」
「大丈夫なのか?」
「団長……」
何のことか分からない。
リリアが戸惑っていると――
訓練場の扉が開いた。
入ってきたのは。
ラルフとオスカーだった。
ラルフの視線が、リリアを捉える。
その瞬間。
ラルフの足が止まった。
訓練場の空気が――凍る。
団員たちは全員理解した。
(終わった……)
ラルフがゆっくり歩いてくる。
静かな足音。
だが、その空気は明らかに怒っていた。
「リリア」
低い声。
腕を掴まれる。
「部屋に戻れ」
短く言う。
「団長?」
「自分の立場を分かっているのか」
リリアは眉を寄せた。
「分かっています」
「ならどうしてここにいる」
「私は騎士です」
はっきり言う。
訓練場が静まり返る。
ラルフの目が細くなる。
「違う」
低く言う。
「お前はもう――」
言葉が止まる。
リリアは視線を逸らさない。
「辞めません」
小さく言う。
「騎士団は辞めたくありません」
張り詰めた沈黙。
ラルフは深く息を吐いた。
その時だった。
「団長」
オスカーが声をかけた。
ラルフが視線を向ける。
オスカーは肩をすくめた。
「場所、変えません?」
訓練場を軽く見回す。
「団員全員聞いてますよ」
団員たちは一斉に視線を逸らした。
ラルフは目を閉じる。
ため息を吐いた。
「……来い」
短く言う。
リリアの腕を引いた。
オスカーはその後ろで小さく笑う。
「やれやれ」
ぽつりと呟く。
三人が去ったあと、団員たちが小声で囁いた。
「……終わったな」
「団長、完全に怒ってるぞ」
「今日も大変だな、副団長」
団員達が苦笑いしながら嘆いていた。




