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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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守られる温もり

私室の扉を開けた瞬間、

暖炉の火の匂いが静かに漂ってきた。



ラルフは何も言わず中へ入り、背後で扉を閉めた。


重厚な木の扉が閉じる低い音だけが、

静まり返った室内に小さく響く。



視線は、自然とベッドへ向かった。


そこに――リリアがいた。



静かに眠っている。


白い頬は血の気を取り戻しつつあったが、

まだどこか儚げで、触れれば消えてしまいそうだった。


長い睫毛が頬に影を落とし、

規則正しい寝息が微かに胸を上下させている。


ラルフはゆっくりと歩み寄り、

ベッドの端に腰を下ろした。



そして指先で、そっと彼女の髪に触れる。



柔らかい。


温かい。


生きている――その証が、指先から胸の奥へと伝わってくる。



「……無茶をする」



呆れたように呟いた声は、けれどどこまでも優しかった。



爆発の中で戦い、宰相を捕らえ、

血に染まりながらも最後まで立ち続けた少女。



それがどれほど奇跡に近いことか、誰よりも理解している。


失っていてもおかしくなかった。


二度と、この温もりを抱けなかったかもしれない。



「本当に……」


小さく息を吐く。


胸の奥に込み上げる感情を、静かに押し殺すように。


「俺の誇りだ」


それは騎士団長としてではなく、

一人の男としての言葉だった。



ラルフは静かにベッドへ入り、彼女を抱き寄せた。


壊れ物を扱うように。


腕の中にすっぽりと収まる身体は、あまりにも軽い。



その温もりを確かめながら、目を閉じた。


だが――眠りは浅かった。


腕の中の存在を、何度も確かめるように、

意識が浮かんでは沈み、沈んでは浮かぶ。




数時間後。


ラルフは目を覚ました。


腕の中のリリアは、まだ眠っている。


長い睫毛は閉じられたまま、

安心しきったように彼の胸に頬を寄せていた。


起こさないように、そっと腕を外す。


わずかに眉が動いたのを見て、ラルフの手が止まる。


だが、起きる気配はない。


ラルフは静かに身体を起こし、

傍らに置いてあった書類を手に取ると、

再びベッドへ戻り、上半身を起こしたまま書類を読み始めた。



一枚。


また一枚。


だが視線は、何度も隣へと向かう。


そこに彼女がいることを、確認するように。



どれほど時間が経ったのか。


その時だった。


リリアの指先が、微かに動いた。


ラルフはすぐに気づいた。


そして―― ゆっくりと瞼が開く。



ぼんやりとした蒼い瞳が、天井を見つめた。


「……っ」


小さく息を呑む。


目覚めた瞬間、鈍い頭痛が走った。


瞼も重く、思うように開かない。


ただ、ぼんやりと一点を見つめる。



「起きたか」


低く、優しい声。


ラルフの手が、そっと頭を撫でた。


大きな手。


温かい手。


――大好きな手。



その温もりに、胸が締めつけられる。



「目が腫れてるな。ちょっと待ってろ」


ラルフはそう言ってベッドを出た。


すぐに戻ってくる。


その手には、タオルに包まれた氷があった。


再びベッドへ入り、リリアの隣に腰を下ろす。


「冷たいぞ」


優しく言って、そっと目元へ当てる。


「……っ」


ひやりとした冷たさに、リリアの身体が小さく震えた。


「我慢しろ」


低い声。


だが、包み込むような優しさがあった。



「……団長……」


思わず、呼んでしまう。



その瞬間、氷が離された。



ラルフの指が、彼女の頬に触れる。


「まだその名で呼ぶのか」


低く、静かな声。


リリアの心臓が跳ねた。


「……っ」


慌てて、言い直す。


「……ラル……フ」


その名を口にした瞬間、

ラルフの表情が、ふっと柔らいだ。


嬉しそうに。


本当に嬉しそうに、微笑んだ。



「……ああ」


短く答えて、再び氷を当てる。


しばらくして、

氷が溶け始めたのを見て、ラルフは顔を覗き込んだ。



「少しはマシになったか」


「はい……ありがとうございます……」


掠れた声で答える。



ラルフは何も言わず、ただ彼女を見つめていた。


その視線が優しすぎて、リリアの胸が痛くなる。



「……ごめんなさい……」


思わず、零れた言葉。


ラルフの眉が、わずかに動く。


彼は何も言わず、ベッドに横になり、彼女の頭を撫でた。


大きな手が、ゆっくりと髪を梳く。



「謝らなくていい」


低く、穏やかな声。


「俺がしてやりたいだけだ」



その言葉に、胸の奥が、熱くなる。



「リリア」


名を呼ばれる。


視線を向けると、金色の瞳と目が合った。



次の瞬間―― 額に、軽い口づけが落ちた。


触れるだけの、優しいキス。



リリアは、甘えるように身体を寄せた。


ラルフを見上げる。


ラルフはふっと微笑み、今度は――唇に、触れた。


優しく、だが、確かめるように。


もう離さないと、誓うように。



次第に、深くなる。



「……ん……」


小さな声が漏れた。


その瞬間、ラルフは唇を離した。



そして―― 彼女を抱きしめた。


強く、だが、壊さないように。



「今日はここまでだ」


低く囁く。


リリアの頭を胸に抱き寄せる。


心臓の音が聞こえる距離。


「無理はさせない」


その言葉は、

騎士団長の命令ではなく、一人の男の誓いだった。



リリアはその胸に顔を埋め、そっと目を閉じた。


守られている。


その温もりの中で。

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