ぶつかる想い
ラルフは、騎士団本部の廊下を歩いていた。
一歩、また一歩。
靴音は静かなはずなのに、
周囲の空気だけが張り詰めていく。
すれ違った団員たちは、
思わず背筋を伸ばし、道を開けた。
誰も、声をかけられなかった。
今のラルフが纏っている空気は――明らかに異質だった。
威圧。
怒り。
そして、抑え込まれた感情。
やがて、目的の扉の前で足を止める。
副団長執務室。
一瞬の静止。
次の瞬間――
ドンッ!!
扉が、乱暴に開かれた。
「――っ!?」
執務机に向かっていたオスカーが、驚いて顔を上げた。
手にしていたペンが止まる。
そこに立っていたのは――ラルフだった。
その表情を見た瞬間。
オスカーの背筋に、冷たいものが走った。
今にも、人を殺しそうな目。
「……どうしたんですか」
声をかけながら、内心で思う。
(……何だ、この空気は)
(何があった)
ラルフは答えない。
無言のまま、歩いてくる。
一歩ずつ。
そして、机の前で止まった。
オスカーを、見下ろす。
「……何か言うことがあるんじゃないか」
低い声だった。
「……っえ」
一瞬、理解できなかった。
(何だ?)
(何か報告を忘れて――)
考えた、その瞬間。
「リリアの事で」
空気が、凍った。
「何かあるだろ」
理解した。
オスカーの表情が、変わる。
「……っ」
迷いは、一瞬だった。
オスカーは机の横を回り、ラルフの前に立った。
そして次の瞬間――
床に、額を叩きつけるように頭を下げた。
「すみませんでした!!」
重い音が響く。
「酔っていたとはいえ……手を出しました……!」
声は、はっきりしていた。
逃げなかった。
誤魔化さなかった。
「でも……」
一瞬、言葉を飲み込む。
「後悔は、してません」
はっきりと、言った。
沈黙。
次の瞬間。
ドゴッ!!
鈍い音。
「……っ、!」
オスカーの身体が、揺れた。
ラルフの拳が、オスカーの顔を殴りつけていた。
胸ぐらを掴み上げる。
「……っ、いって……」
口の端が切れ、血が滲む。
ラルフの目は、怒りに染まっていた。
だが―― その瞬間。
オスカーの中で、何かが切れた。
「……あなたが捨てたんですよ」
低い声だった。
「……っ」
ラルフの動きが、止まる。
「ボロボロの彼女を」
顔を上げる。
怒りに満ちた目。
「ふざけんなっ!!」
次の瞬間。
オスカーの拳が、ラルフを殴った。
「……っ」
ラルフの顔が、横に揺れる。
「……だからって」
「手を出していい理由にはならないだろ」
ラルフが、言う。
睨み合う。
騎士団長と、副団長。
男と男。
その時だった。
バンッ!!
扉が、勢いよく開いた。
「何をやっているんですか!!」
凛とした声。
アンナだった。
両腕に、大量の書類を抱えている。
二人の動きが、止まった。
アンナは、ゆっくりと二人を見回し――
「そこに、座りなさい」
有無を言わせない声だった。
結果。
騎士団長と副団長は――
執務机の前に、正座していた。
「部屋の外まで、大声が聞こえています」
アンナの額に、青筋が浮かんでいる。
「オスカー様」
「……はい」
「やらなければいけない書類仕事、大量にありますよね」
「……はい」
「ラルフ様」
「……」
「あなたが今やるべきことは、オスカー様の邪魔ですか?」
沈黙。
「違いますよね」
鋭い視線。
「リリア様を傷つけた分、側にいるべきでしょう」
言葉が、刺さる。
「……返事は?」
「……はい」
アンナは満足そうに頷くと――
ドサッ。
書類を机に置いた。
「オスカー様」
にこり、と笑う。
「明日までですからね」
「よろしくお願いします」
その笑顔が、一番怖かった。
アンナは優雅に一礼し、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
沈黙。
「……こわいな……」
ラルフが、ぽつりと呟いた。
その瞬間。
オスカーが、吹き出した。
「……っ、ははっ……!」
笑いが止まらない。
ラルフも――
「……ふっ」
つられて笑った。
こんな風に笑ったのは―― いつ以来だろうか。
しばらく笑った後。
ラルフが、言った。
「……ありがとな」
オスカーが、顔を上げる。
「……いつも、支えてくれて」
予想していなかった言葉だった。
オスカーの目が、わずかに見開かれる。
「……いいえ」
小さく、笑った。
「それが、俺の役目ですから」
ラルフは、手を伸ばし――
オスカーの頭を、くしゃりと撫でた。
子供の頃のように。
オスカーは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「さぁ、仕事しましょ」
机の書類を見て、ため息をつく。
「これ、明日までらしいんで」
「……よろしく頼むな」
「はい」
ラルフは立ち上がり、扉へ向かった。
振り返らずに、言う。
「……終わったら、飲みに行くか」
オスカーが、少し驚いた顔をして――
「はい」
と答えた。
ラルフは、部屋を出た。
向かう先は―― 私室だった。




