告白
二人の間に、長い沈黙が流れていた。
暖炉の火が静かに揺れ、
橙色の光が二人の影を壁に映している。
ぱちり、と薪が爆ぜる小さな音だけが、
この空間に残された現実だった。
リリアは、
ラルフの胸に顔を埋めたまま、彼を抱きしめていた。
離れたくなかった。
今だけは、この腕の中にいたかった。
ラルフは、そんな彼女を拒まなかった。
ただ、黙って頭を撫でていた。
指先が、黒色の髪をゆっくりと梳く。
いつもと同じ仕草。
それなのに―― 胸の奥が、ざわついていた。
言葉にできない違和感。
腕の中にいるのに、どこか遠い。
そんな感覚。
「……私……」
リリアの小さな声が、震えた。
ラルフの手が、わずかに止まる。
だが、何も言わず、続きを待った。
「……」
続かない。
言葉が、出てこない。
言えば、終わる。
この温もりも。
この時間も。
すべてが、怖かった。
「……どうした」
ラルフの手が、頬に触れた。
そっと顔を上げさせる。
金の瞳が、まっすぐに見つめていた。
優しい目だった。
責める気配など、どこにもない。
それが―― 余計に、苦しかった。
リリアは、首を横に振った。
だが、目には涙が溜まっていた。
今にも零れ落ちそうなほどに。
「……ゆっくりでいい」
ラルフが、静かに言った。
「話せるか?」
逃げ道を、与える声だった。
責めるためではなく。
受け止めるための声。
その優しさが―― 最後の覚悟を、決めさせた。
沈黙。
やがて。
リリアは、震える唇を開いた。
ラルフの手が、優しく背を撫でている。
その手が、止まる未来を想像して――
胸が、張り裂けそうになった。
「……私……」
息を吸う。
吐く。
「副団長と……寝ました」
時間が、止まった。
ラルフの手が、止まる。
ぴたりと。
完全に。
その瞬間。
リリアの身体が、びくりと震えた。
怖い。
何よりも。
この沈黙が。
「……寂しくて……」
声が、崩れる。
「団長を……忘れようと……」
違う。
忘れたかったわけじゃない。
忘れられなかったから。
苦しかったから。
「ごめん……なさい……」
最後は、声にならなかった。
涙だけが、溢れた。
これで、終わる。
そう思った。
裏切ったのは、自分だ。
泣く資格など、ないのに。
それでも――涙は止まらなかった。
長い沈黙。
やがて。
「……それで、すべてか」
低い声だった。
感情の見えない声。
ラルフは、小さくため息を吐いた。
リリアの心臓が、強く跳ねた。
次の瞬間、強く、抱きしめられた。
「……っ」
予想していなかった温もりに、息が止まる。
「……俺の事、好きか」
突然の問いだった。
リリアは、涙で濡れたまま、何度も頷いた。
「……はい……」
即答だった。
迷いなど、なかった。
「……リリアと結婚するって言ったら」
ラルフの声が、耳元で落ちる。
「……嬉しいか」
息が、止まる。
そんな未来、もう、ないと思っていた。
「……嬉しい……です……」
本音だった。
心の底から。
ラルフは――
「……なら、いい」
そう言って、笑った。
優しい笑顔だった。
責めなかった。
怒らなかった。
拒まなかった。
その代わりに―― すべてを、受け入れた。
「……っ……」
リリアの中で、何かが壊れた。
「ごめんなさい……!」
声を上げて、泣いた。
「ごめんなさい……っ……!」
何度も。
何度も。
ラルフの胸に縋りながら。
ラルフは、何も言わなかった。
ただ、抱きしめていた。
やがて――
泣き疲れたリリアの身体から、力が抜けた。
ラルフは、そっと彼女を抱き上げた。
ベッドへ運び。
静かに、寝かせる。
涙の跡が残る頬に、指先で触れた。
「リリア」
小さく、呼ぶ。
返事は、ない。
規則正しい寝息だけが、返ってきた。
ラルフは、彼女の頭を優しく撫でた。
何度も。
その寝顔を、しばらく見つめた後――
ゆっくりと、立ち上がった。
そして、部屋を出た。
扉が閉まる。
向かう先は―― 決まっていた。




