瓦礫の中の者
煙の匂いが肺の奥を焼いていた。
熱と粉塵に包まれた大広間の中で、リリアはゆっくりと意識を取り戻した。
視界は白い煙に覆われ、ほとんど何も見えない。
耳鳴りがしていた。
身体のあちこちが痛む。
だが ―― 生きている。
「……っ……」
かすれた息を吐いた。
頭の奥に直接声が響いた。
『お姉ちゃん、僕の声聞こえる?』
リッカだった。
(……うん……聞こえるよ……)
意識の中で答える。
『よかった……』
安堵がそのまま伝わってきた。
『気をつけて。敵は近くにいるよ』
その言葉でリリアの意識が一気に研ぎ澄まされた。
痛みを押し殺しながら、ゆっくりと身体を起こす。
床に手をつき、指先で何かを探る。
―― 剣。
騎士としての本能だった。
その時。
煙の奥で影が止まった。
「目を覚ましたか」
煙の向こうから現れたのは ―― 宰相だった。
無傷だった。
その口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「まったく…… 余計なことをしてくれたな」
吐き捨てるように言った。
「バカな女だ。おとなしくしていれば可愛がってやったものを」
見下ろす目には、明確な殺意が宿っていた。
リリアは息を整えながら、その目をまっすぐに見返した。
「……何が、目的だったんですか」
問いかける。
宰相は楽しそうに笑った。
「今の王国は甘い」
一歩近づいてくる。
「世界平和だと?」
鼻で笑う。
「そんなもの誰も望んでいない。力で奪う。それだけのことだ」
リリアの胸の奥で怒りが燃えた。
守ろうとした人たちの顔が脳裏に浮かぶ。
宰相はナイフを取り出した。
銀の刃が煙の中で鈍く光る。
「お前もその怪我では動けまい」
勝ち誇った声だった。
「残念だったな」
振り上げられる刃。
その瞬間 ―― リリアの手が動き、床に転がっていた剣を掴み振り上げた。
キィンッ!!
鋭い音と共に、ナイフが宙へ弾き飛ばされる。
「なっ ―― !?」
宰相の目が見開かれる。
リリアは立ち上がり、血を流しているとは思えないほどの動きで宰相の腕を掴み、背後へねじり上げる。
「ぐああっ!!」
床へ押し倒す。
膝で背中を押さえつけ、完全に制圧した。
騎士の動きだった。
「……終わりです」
リリアは低く告げた。
その頃、大広間の外では ――
「離せ!!」
ラルフが叫んでいた。
崩れた扉の前で、今にも中へ飛び込もうとしている。
「しっかりしてください!!」
オスカーが必死にその身体を掴んで止めていた。
「まだ中には爆弾があるんです!」
ラルフの瞳は血走っていた。
「離せ……!リリアが……!」
声が震えていた。
オスカーは叫んだ。
「ローゼン卿の頑張りを無駄にしないでください!!」
ラルフの動きが止まる。
「……っ」
オスカーは続けた。
「彼女は……」
一瞬、言葉を詰まらせた。
だがそれでも言った。
「彼女は自分の命にかえても、あなたを守ったんですよ!!」
その言葉は刃だった。
ラルフは膝から崩れ落ちる。
「……嘘……だろ……」
かすれた声だった。
沈黙が落ちる。
その時。
壊れた扉の隙間が ―― 動いた。
誰かが、出てくる。
王族も、貴族も、騎士団も、全員が息を止めて見つめた。
煙の中から現れたのは ―― リリアだった。
頭から血を流し、白と青のドレスは赤く染まり、裾は裂けている。
片手には剣。
そして、もう片方の手で宰相の首根っこを掴んでいた。
その瞳は ―― 騎士だった。
凛としていた。
オスカーが叫ぶ。
「捕まえろ!!」
騎士たちが駆け寄り、リリアから宰相を受け取り拘束する。
リリアはラルフを見た。
そして微笑んだ。
「……団長、ご無事でなによりです」
その言葉でラルフは立ち上がった。
騎士団長の顔に戻る。
「全員、庭園へ退避!!」
命令を飛ばす。
ラルフはリリアの前へ歩み寄り、その身体を抱き上げた。
「……っ……」
リリアが苦しそうに息を漏らす。
「もう少しだ、我慢しろ」
庭園へ出た、その直後。
再び ―― 爆発音が響いた。
大広間が完全に崩れ落ちた。
リリアは小さく呟いた。
「……爆弾は……これで、すべてだと思います……」
ラルフは頷いた。
「状況確認!!」
騎士たちが走る。
幸い ―― リリア以外の重傷者はいなかった。
クラウスが駆け寄ってきた。
「リリア!!」
その声には兄の顔があった。
続いて、ルークが膝をつく。
「動かないでください」
治癒魔法が光る。
「これで応急処置は終わりです」
ルークは真剣な表情で言った。
「ですが、頭を打っています。肋骨も数本折れていました。数日は安静に」
「ありがとうございます」
その時。
「お姉ちゃん……!」
ガルムたちが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
リリアは両手を広げた。
「心配かけて、ごめんね」
三人を抱きしめる。
その時、リリアは王妃の姿に気づいた。
まだ完全には戻っていない。
リリアは身体を引きずり、ラルフに支えられながら王の近くに行った。
「陛下、王妃様に処置をしてもよろしいでしょうか」
王は驚いた。
「大丈夫です。叔父上」
ラルフが声をかけると、王は静かに頷いた。
「……頼む」
「リッカ、ラビィお願い」
リリアに言われて、リッカとラビィが王妃の手を握る。
光が包む。
やがて ―― 王妃の瞳に、光が戻った。
「……あなた……」
王は王妃を力強く抱きしめ涙を流した。
周囲は見守っていた。
しばらくして、アンナが前へ出て静かに話し始めた。
「陛下、お願いがございます」
王が振り向く。
「ラルフ様との婚約を破棄させていただきたく存じます」
ざわめきが走った。
アンナは続けた。
「本日、皆様を救ったのは ―― リリア・ローゼン嬢でございます。ラルフ様にふさわしいのは、この方だけでございましょう」
王は戸惑った。
アンナはさらに続ける。
「リリア様の後見人は、我がルエンダー侯爵家が務めます」
沈黙が流れた。
そして ――
「……許可しよう」
王が言った。
アンナは美しく一礼をした。
ラルフは信じられなかった。
リリアもまた ―― ただ立ち尽くしていた。
運命が音を立てて動きを変え始めていた。




