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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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最後のわがまま

ラルフはリリアを強く抱きしめていた。


腕の中にある温もり。


ずっと ―― 触れたかった温もりだった。


失ったと思っていた。


もう二度と触れられないと、覚悟していた。



「……会いに行かなくて悪かった」


切実な声でラルフは言った。


リリアの肩がわずかに揺れる。



「……ずっと待ってました……」


胸元から、小さな声が返ってきた。


消えてしまいそうなほど、か細い声だった。


「……ごめんな」


そう言って、リリアの頭を撫でる。


何度も。


何度も。


失った時間を埋めるように。



しばらく沈黙が続いた。



だが、ラルフは意を決したように口を開いた。


「……リリアに話さないといけないことがある」


腕の中の彼女が、わずかに強張る。


ラルフはそっと身体を離しリリアの目を見た。


逃げずに。


逸らさずに。



「俺は……婚約した」



その言葉は重く落ちた。



「王命だ」



リリアの瞳が揺れる。



「逃れることはできない」



喉が詰まりそうになるのを押し殺す。



「……すまない」


謝る資格などないと分かっていても、それでも謝らずにはいられなかった。


リリアは何も言わなかった。


涙が静かに頬を伝っていく。


音もなく。


止めることもなく。


やがて、リリアは小さく言った。



「……知ってます」


ラルフの眉が寄る。


「……でも」


リリアは涙を流したまま微笑んだ。


「最後に……どうしても会いたかったから……」



その笑顔はあまりにも切なかった。



「……これ以上は、団長に迷惑がかかるのも分かってます」



強がりだった。


震えていた。



「だけど……今日だけ」



ラルフの服を、きゅっと握る。



「今だけ、一緒にいたいです」



その願いは、あまりにもささやかで、あまりにも残酷だった。



ラルフの胸が張り裂けそうになる。



すべてを理解して、すべてを受け入れて、それでもここへ来た彼女を、どうして拒めるだろう。



ラルフはリリアの涙を指で拭った。


そして ―― 静かに口づけた。


優しく確かめるように、何度も。


言葉では足りない想いを伝えるように。




やがてラルフはリリアを抱き上げ、隣の仮眠室へ入る。


ベッドへ、そっと下ろす。


その時、リリアが戸惑ったようにラルフを見た。



「あの……」


「どうした」


「……シャワー、浴びたいです……」



一瞬の沈黙。



そしてラルフはふっと笑った。


張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


「浴びてこい」


その声は優しかった。



リリアは浴室へ向かった。


温かい湯が身体を包む。


汚れも。


恐怖も。


悲しみも。


すべて洗い流してくれるようだった。


同時に ―― ここへ来た現実が胸に迫る。



(……私……)


恥ずかしさが込み上げた。


浴室を出ると、シャツが置かれていた。



「……団長の……」


袖を通す。


大きくて、ぶかぶかで、彼の匂いがした。


胸が締めつけられる。



部屋へ戻るとラルフがリリアを見た。


一瞬、言葉を失ったように、


「そんなのしかなくてごめんな」


そして少しだけ笑った。


「リリアが着ると、大きすぎだな」


その笑顔が嬉しくて、切なかった。


テーブルには、軽食と紅茶が用意されていた。


「少し食べろ」


リリアは頷いた。


温かい紅茶が身体に染み渡る。


こうゆう時間がこんなにも幸せだったことを感じていた。



やがてラルフも浴室から戻り、リリアの髪を乾かし始めた。



「体調はどうだ」

「違和感はないか」

「痛いところは」


次々と問いかける。



リリアはくすっと笑った。



「大丈夫です。どこも違和感ありません」


ラルフは安堵したように息を吐いた。



そしてリリアを抱きしめた。


強く。


だが壊れないように。



「リリア」


名を呼んだ。


ラルフはリリアの髪を撫でながら抱きしめた。



まだ少し湿り気の残る髪が指に絡む。


この温もりを忘れないように。



そっと額に口づけた。


触れるだけの優しい口づけ。


リリアの肩が小さく震える。


ラルフはゆっくりと顔を下ろし、次は確かめるように唇へ触れた。


柔らかい感触。


離れようとした瞬間、リリアの指がラルフの服をきゅっと掴んだ。



それだけで、ラルフの理性が揺らぐ。


もう一度、唇を重ねる。


今度は深く舌を絡めると


「……ん……」


小さな声が喉からこぼれた。


甘く、震えた声だった。


その声にラルフの呼吸が熱を帯びる。



抱き寄せる腕に力がこもる。


指先がリリアの太ももへ触れた。


シャツ越しの柔らかな感触を確かめるように、ゆっくりと撫でる。


するとリリアの身体がびくっと跳ねた。


「……っ」


驚きと、戸惑いと、それでも拒まない震え。


ラルフは止めなかった。


何度も、何度も、優しく撫でる。


なだめるように。


愛おしむように。



やがてその手はシャツの裾から中へ滑り込んだ。


直接触れる体温に、リリアの息が乱れる。


「……あっ……」


ラルフの唇も、首元へ移動した。


噛みしめるように口づける。


何度も、ゆっくりと。


「……だん……ちょう……」


掠れた声。


ラルフは動きを止め、リリアを見た。


「名前で呼べ」


優しく命じる。


リリアは恥ずかしそうに目を伏せ、


「……ラル……フ……」


小さく呼んだ。



その瞬間、ラルフの表情が崩れた。


嬉しそうに、そして愛おしそうに。


「リリア」


今までになく優しかった。



まるで、大事なものを一つ一つ確かめるように何度も名前を呼ぶ。


触れるたび、リリアの身体が震える。


そのたびに、ラルフは抱きしめた。


逃げないように。


壊さないように。


「……んっ!……」


リリアは何度も波が押し寄せた。


「…はぁ……はぁ……」


肩で荒い息をする。


とろけた目でラルフを見た。


「……ラル……フ……もっと……」


リリアは初めて自分からお願いした。


ラルフは笑みを浮かべ


「どこでそんなの覚えてきたんだ…」


と笑った。


動きが激しくなる。


やがて、リリアの呼吸が大きく乱れた。


「……あっ……んっ……もう……ラル…フ……一緒に……」


「ああ。一緒な」


身体がびくんと強ばり、ラルフに強く抱きついた。


ラルフも荒い息を吐いた。


二人は額を合わせ、互いの呼吸を重ねる。


しばらく抱きしめ合ったまま、どちらも動かなかった。



やがてラルフはリリアを胸の中へ閉じ込めるように抱き直した。


リリアも彼の背に腕を回した。


そのまま二人は静かに目を閉じた。



鼓動が重なり、温もりが重なる。



二人は抱きしめ合ったまま眠りについた。



最後の夜を忘れないように。

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