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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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腕の中の温もり

騎士団団長執務室。


窓の外はすでに夕闇に包まれていた。


机の上には山のような書類。



だがラルフの視線は、そのどれにも向けられていなかった。


ペンを持つ手は止まり、文字は一つも進んでいない。



(リリア)


名前だけが頭の中で繰り返される。


焦点の合わない瞳。


壊れたように動かなくなった身体。



そして ―― 自分を拒絶した声。


「……来ないで」


胸の奥が鈍く痛む。


守るために遠ざけたはずだった。



それなのに ―― 結果はこれだ。


何も守れなかった。


苛立ちなのか絶望なのか分からない感情が渦巻いていた。


「……」


ラルフは立ち上がり窓の外を眺め、諦めたように目を閉じた。




その時だった。



コンコン ――



扉が叩かれた。


ラルフは目を開け答えた。


「入れ」


扉が開き入ってきたのはオスカーだった。



そしてその腕の中に ――




「……っ」


ラルフの呼吸が止まった。



リリアがいた。


オスカーは何も言わず部屋の中央まで歩き、ゆっくりとリリアを床に立たせた。



「……」


リリアはしばらく俯いていた。



そして ―― ゆっくりと振り返ると視線がラルフを捉え、ぽろりと涙が零れた。


一粒。


二粒。


止まらなかった。



「……団長……」



震える声で呼んだ。



次の瞬間 ―― リリアは走っていた。


ラルフの胸へ。


勢いのまま抱きついた。



「……っ」


ラルフの目が見開かれる。


リリアから抱きついてきたのは初めてだった。


リリアの手が背中に回る。


強くしがみつくように。


「……会いたかったです……」


嗚咽混じりの声だった。


「ずっと……ずっと……」



ラルフは一瞬、抱き返すのを躊躇した。



しかし、その言葉を聞いた瞬間、ラルフの理性は崩れた。



強く抱きしめる。


失わないように。



「リリア」


声が掠れた。


胸の中の温もりが現実だと確かめるように抱きしめた。


リリアの髪に顔を埋めた。


「……よく、戻ってきた」


それだけが精一杯だった。



コホンッと、わざとらしい咳払いが響いた。



「……俺の事、忘れてません?」


オスカーだった。


腕を組み、苦笑していた。


ラルフはわずかに腕の力を緩めたが離さなかった。


リリアの頭を優しく撫でる。


何度も。


何度も。



「……どうやって…元に戻れたんだ?」


ようやくそう聞いた。



リリアはラルフの胸に抱きついたまま答えた。


「獣人の子供たちが……力を貸してくれました」


ラルフの瞳が揺れた。



「……そうか。……よかった」



その一言にすべてが込められていた。



オスカーは呆れたようにため息をつき、ソファーへ歩いた。



「とりあえず、座りません?」


現実に戻すような声だった。


ラルフは頷き、リリアを抱き上げたままソファーへ向かう。


そして自分の膝の上に座らせた。


「だ、団長……!」


リリアの顔が赤くなる。


「嫌か」


「い、嫌では……ありません……」


小さな声。


その答えに、ラルフの腕がわずかに強くなった。



オスカーは二人を見ながら話し始めた。



「……時間がないので、本題に入ります」


空気が変わる。


副団長の顔だった。


「団長の暗殺計画が進んでいます」


リリアの身体が強張る。


「獣人の子供 ―― ガルムの能力で未来を確認しました」


ラルフは黙って聞いている。


オスカーはリリアを見た。


「ローゼン卿には、引き続き“壊れたまま”でいてもらう。宰相を油断させるためです」


静かな説明だった。


ラルフはリリアに聞いた。


「できるか」


「はい。できます」


その瞳に ―― 迷いはなかった。


ラルフの手がリリアの頭を撫でた。


誇らしさと、心配が混ざった手だった。



「では、そのように動きます」


オスカーは二人を見つめ聞いた。


「今日はどうします?」



一瞬の沈黙。



ラルフは迷わず言った。


「俺が連れ帰る」



オスカーは、即座に答えた。


「ダメです」


空気が止まる。


「二人でいるのがバレたらまずいでしょう。今日は自室に戻らず、ここで過ごしてください」


副団長としての命令だった。


「明日の朝、迎えに来ます」


ラルフは小さく頷いた。


「分かった」



オスカーは立ち上がり扉へ向かった。




ラルフが声をかける。


「オスカー」


「……」


「ありがとう」



短い言葉だった。


だが本心だった。


オスカーは少しだけ微笑むと、一瞬リリアに視線を向け、すぐに逸らした。


「俺とあなたの仲でしょう」


それだけ言って、部屋を出た。


扉が閉まる。




ラルフはリリアを見た。



リリアもラルフを見ていた。



何も言わない。



再び抱きしめた。



今度はもっと静かに。



失わないように。



だが、この温もりは本来もう許されないものだった。



今だけは、腕の中の温もりを確かめるように。

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