視えた未来
王宮の長い回廊をラルフとアンナは並んで歩いていた。
先ほどまでいた謁見室の重苦しい空気は消え、窓から差し込む夕暮れの光が床に長い影を落としている。
二人の間に会話はなかった。
靴音だけが静かに響く。
やがてアンナがふと足を止めた。
「ラルフ様」
呼び止める声は柔らかかった。
ラルフも立ち止まり、アンナを見た。
「なんでしょう」
短く感情のない返答だった。
アンナは一歩近づいた。
そして自然な動作で、彼の腕に触れる距離まで寄る。
外から見れば、婚約者同士の親密な距離。
アンナはそっとラルフの耳元に唇を寄せ、小さく囁いた。
「 ―― 油断なさらないでください」
その声は、先ほどまでの令嬢のものではなかった。
鋭く冷静だった。
続けてアンナが呟いた。
「――――――――」
ラルフの目が見開かれる。
アンナはすぐに離れた。
そして何事もなかったかのように、にこりと微笑んだ。
完璧な令嬢の笑みだった。
同じ頃。
騎士団宿舎近くの保護施設。
「お兄ちゃん!」
子供たちが駆け寄ってくる。
ジークとノルはぎこちなく笑った。
「久しぶりだな!元気にしてたか」
その空気を切り裂くように、白銀の狼の少年 ―― ガルムが近づいてきた。
その表情は真剣だった。
「……お姉ちゃんは?」
ジークとノルは言葉に詰まり、答えられなかった。
ガルムは、静かに呟いた。
「やっぱり……」
そして顔を上げる。
「僕とラビィとリッカをお姉ちゃんのとこに連れてって」
その瞳には強い意志があった。
医務室。
窓際のベッドにリリアは座っていた。
外を見つめたまま動かない。
反応しない。
「リリアさん、今日は暖かいですよ」
ノルが明るく声をかける。
「……」
返事はない。
その様子を見て、ジークは唇を噛んだ。
ガルムが尻尾を揺らしながら前に出る。
「お姉ちゃん!」
明るく話しかける。
「僕たち名前言ってなかったよね!」
反応はないが、それでも続ける。
「僕はガルム!」
「私はラビィ!」
「僕はリッカです!」
リッカがリリアの瞳を覗き込んだ。
じっと深く。
そして ―― 手を重ねた。
「お姉ちゃん、聞こえる?」
―― えっ
頭の中に声が響いた。
(聞こえる…… 聞こえるよ……!)
「よかった」
リッカが笑った。
「心は無事だったんだね」
リリアの意識が震える。
「僕の能力はね、心に直接話せるんだ」
ラビィが隣に立ち手を重ねる。
温かい光が広がった。
「繋げるね」
光が身体に染み込む。
途切れていた何かが繋がる。
戻ってくる。
身体と心が。
そして ――
「……あり……がとう……」
声が出た。
震える声。
涙が溢れた。
「本当に……ありがとう……」
ジークが目を見開く。
「リリア……?」
ノルが駆け寄る。
「リリアさん……!」
二人は彼女を抱きしめた。
リリアに温もりが戻っていた。
その後、ガルムが話し出した。
「お姉ちゃんに見せたいものがある」
リリアは頷いた。
ガルムの手が触れる。
映像が流れ込む。
白い衣装のラルフとアンナ。
並んで立っている。
次の瞬間。
剣が、ラルフの背中を貫いた。
―― !!
息が止まる。
さらに ――
爆発。
血。
悲鳴。
パーティー会場。
崩れる人々。
「……はぁ……はぁ……」
リリアは視えた未来に震えた。
夕刻。
オスカーが医務室に入ると違和感に気づいた。
「……」
空気が違う。
(なんだ……)
リリアを見つめ声をかけた。
「リリア」
様子を伺いながらリリアに近づき囁いた。
「俺たちも婚約するか」
その瞬間。
リリアの瞳が動いた。
オスカーの心臓が跳ねる。
次の瞬間。
オスカーはリリアをベッドに押し倒していた。
試すように。
確かめるように。
リリアの顔が赤くなり恥じらう表情を見せた。
それを見た瞬間、オスカーは震える声で話しかけた。
「……俺が分かるか」
リリアは答えた。
「……はい」
その瞬間。
オスカーは壊れそうなほど強く抱きしめた。
「……っ」
「……よかった」
震えた声だった。
「本当に……」
オスカーはしばらく離さなかった。
そしてリリアはすべてを話し始めた。
未来を。
ラルフの死。
これから起きる破滅。
オスカーの瞳がゆっくりと冷たくなった。
騎士の目。
戦う者の目だった。
「そうか」
静かに言った。
「なら今度は俺たちが未来を変えよう ―― 」
オスカーはリリアの頭に手を置いた。
運命に抗う戦いが、静かに始まった。




