それでも守りたいもの
医務室の外は異様なほど静かだった。
扉の向こうには、拘束具をつけられたままのリリアがいる。
暴れないように。
自分を傷つけないように。
―― 守るための拘束。
その現実が何より残酷だった。
オスカーは扉から視線を外さないまま口を開いた。
「……本気ですか」
低い声で問いかけた。
廊下の反対側に立つラルフは答えない。
沈黙。
それが答えだった。
オスカーの奥歯が、ぎりっと鳴る。
「今、彼女がどんな状態か……」
言葉が途中で止まる。
感情が溢れそうになるのを押し殺した。
「見ただろ。俺に触れられることを怖がってる。名前を呼ばれただけで怯えてた」
「……」
その光景が脳裏に焼き付いている。
涙を流しながら、「来ないで」と言った姿。
オスカーは拳を握った。
「それで婚約するんですか」
今度ははっきりと聞いた。
ラルフはゆっくりと目を向ける。
「王命だ」
それだけだった。
ラルフがあまりにも冷静で簡単に発した言葉は、オスカーの中で何かが切れた。
「ふざけるな!」
初めてだった。
副団長が団長に対してこんな声を出すのは。
空気が凍る。
だが止まらなかった。
「王命?」
乾いた笑いだった。
「あなたが一番分かっているはずだ。王命だから諦めるような気持ちだったんですか」
ラルフの目に影が落ちるが、何も言わない。
それが余計に腹立たしかった。
「守るって言ったのは誰ですか。必ず守ると」
沈黙。
「……それとも手放すんですか」
その言葉は問いではなく確認だった。
ラルフの瞳がわずかに揺れ、諦めたような表情をしていた。
「守るために、婚約するんだ」
オスカーは息を呑んだ。
そこでやっと理解した。
この男は自分を捨てる気だ。
リリアに触れる未来を、自分の手で断ち切るつもりなのだ。
「……っ」
オスカーは胸が痛んだ。
怒りなのか、悔しさなのか、自分でも分からなかった。
ただ一つだけ、はっきりした感情があった。
「……俺は、あなたみたいに諦められない」
ラルフの視線が真っ直ぐ向く。
「あなたが手放すなら、俺は彼女の隣に立ちます」
静かに、覚悟を込めて。
誓いだった。
長い沈黙が落ちた。
やがて ―― ラルフは何も言わずに背を向けた。
否定も、肯定も、しなかった。
ただ、
「俺に近づけるな。これ以上巻き込みたくない」
それがラルフの答えだった。
オスカーは動かなかった。
扉の向こうを見た。
眠っているリリア。
ずっと前から守りたいと思っていた。
気づいていた。
自分も同じ想いだったことに。




