遠ざけられる理由
王都へ戻ってから数日が過ぎていた。
だがリリアの胸の奥に残った重さは、消えることがなかった。
(お兄様……)
あの日。
執務室で見せた書類。
そして、クラウスの言葉。
『 ―― 忘れろ』
それだけだった。
理由も。
説明も。
何も教えてはくれなかった。
「……」
忘れられるはずがない。
証拠を隠したのは自分だ。
騎士としてあるまじき行為だった。
それでも ―― 何か意味があるのだと思いたかった。
だが何も知らされないまま、時間だけが過ぎていく。
胸の奥に、言葉にならない何かがずっと残っていた。
そして ―― それとは別の痛みもまた生まれていた。
「ローゼン卿」
訓練場に低い声が響いた。
リリアは反射的に背筋を伸ばした。
「はい」
声の主はラルフだった。
だが ―― その目は以前と違っていた。
冷たく、鋭かった。
「剣を取れ」
「はい」
リリアは剣を手に取った。
訓練用の剣で向かい合う。
次の瞬間。
ガンッ!!
強い衝撃に思わず歯を食いしばる。
重いのに速くて容赦がなかった。
「……っ」
リリアは受けるので精一杯だった。
休む間もなく、次の一撃が来る。
さらに、次。
「遅い」
感情のない冷たい声だった。
「すみません」
腕が痺れ息が乱れた。
それでも剣を構えるが次の瞬間、手から剣が弾き飛ばされた。
雪の上に転がる。
「……」
リリアは動けなかった。
悔しさで喉が詰まる。
ラルフは鋭い目を向け告げる。
「終わりだ」
それだけだった。
手を差し伸べることもなく、そのまま背を向けた。
「……」
行ってしまう。
咄嗟に呼び止めたいと思ったが声が出なかった。
「…だっ……」
その様子を少し離れた場所で見ていたノルが小さく呟いた。
「団長、最近……」
隣のジークも眉をひそめていた。
「……ああ」
明らかに違う。
以前の団長はこんな教え方はしなかった。
オスカーが二人の横を通り過ぎるとノルが思わず声をかけた。
「副団長」
オスカーは足を止めた。
「なんだ」
「団長、リリアさんに……」
そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。
オスカーは少しだけ笑みを見せた。
「団長は、団長だよ」
それだけ言って去っていった。
答えにはなっていなかった。
リリアは一人で剣を拾った。
手が震えていた。
(……違う)
前は、違った。
もっと ―― 優しかった。
触れる手も。
向けられる視線も。
今はすべてが違った。
「……っ」
胸が痛んだ。
その日の午後。
廊下でラルフとすれ違った。
「団長」
リリアは反射的に呼んだ。
「……」
ラルフは一瞬だけ視線を向けたが、立ち止まらなかった。
何も言わず通り過ぎた。
「……」
足音が遠ざかる。
呼び止めてほしかった。
名前を呼んで優しく触れてほしかった。
(どうして……)
分からなかった。
何かをしたのだろうか。
もしかして、証拠を隠したことを気づかれたのだろうか。
(……嫌われた……)
その考えが浮かんだ瞬間、胸が強く締め付けられた。
寂しい。
その感情に自分で驚いた。
少し前までは孤立するのは当たり前だった。
冷たくされるのも、無視されるのも、慣れていたはずだった……
なのに ――
(……どうして……)
こんなにも苦しいのか。
名を呼ばれることを、優しい温もりに包まれ、守られることをを知ってしまったからだ。
「……大丈夫」
それは自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
「……大丈夫」
騎士だから耐えられる。
耐えなければならない。
それでも ―― 気づけば視界が滲んでいた。
リリアは唇を噛みしめた。
泣かない。
絶対に。
騎士だから。
そうして ―― 彼女は一人で立っていた。
遠ざけられ、理由も知らないまま。




