三人の決断
夜の王宮は昼とは別の顔を見せていた。
人の気配は少なく、灯りだけが長い廊下を照らしている。
その中をクラウスは一人迷いのない足取りで歩いていた。
向かう先は、王立騎士団団長執務室。
扉の前でわずかに足を止める。
(ここから先は……もう引き返せない)
静かに扉を叩いた。
「入れ」
ラルフの声が聞こえ、クラウスは扉を開けた。
室内にはラルフとオスカーがいた。
机の上には書類が広げられている。
報告の途中だったのだろう。
二人の視線がクラウスへ向く。
クラウスは何も言わず、ただ二人を見つめた。
数秒の沈黙が流れた。
その空気を読んだのはオスカーだった。
「……外しておきます」
そう言ってソファーから立ち上がる。
「待て」
クラウスが声をかけ、オスカーの動きが止まる。
「副団長にも、聞いてもらいたい」
静かな声だった。
だがその奥には覚悟があった。
オスカーはラルフを見ると視線だけで答えた。
―― 残れ。
オスカーはソファーへ戻った。
「それで?」
ラルフが促すとクラウスはゆっくりと口を開いた。
「ある日、見覚えのない書類が私の執務机の中にあった。そこには私の名前が書いてあった」
ラルフとオスカーの表情がわずかに変わる。
「不審に思い、あえて報告はしなかった」
「泳がせたのか」
「はい」
クラウスは頷いた。
「そして気づいたのです。深夜に執務室の中の物の位置が、わずかに変わっていることに。
数ヶ月…… 証拠を掴むために監視を続けました」
クラウスの拳がわずかに握られる。
「そして ―― そこにいたのは……」
言葉が詰まる。
「宰相でした」
沈黙が落ち、部屋の空気が凍った。
「その後からです。事件が起き始めたのは」
獣人誘拐。
薬物。
内部工作。
すべてが、繋がる。
「ですが今のままでは証拠が足りず、守りきれない」
守りきれない。
その言葉に初めて感情が滲んだ。
そしてクラウスは懐から、くしゃくしゃになった紙を机の上に置いた。
「昨夜、これをリリアが持ってきました」
オスカーの目がわずかに見開かれる。
それが何か理解したからだ。
「恐らく証拠を隠蔽して私の元へ」
クラウスの拳が強く握られると、深く頭を下げた。
「どうか罰しないでほしい」
団長と副団長の前で。
ローゼン家の次期当主が頭を下げた。
長い沈黙だった。
やがてラルフが口を開いた。
「オスカー、お前は知っていたな」
「はい」
オスカーは迷いなく答えた。
クラウスの目が、見開かれる。
「……何を」
ラルフは続けた。
「ローゼン卿が証拠を持ち帰ったことを」
クラウスの視線が二人を見ると、オスカーが話し始めた。
「気づいていました。隠した瞬間を見ました。だが止めなかった」
「なぜですか」
クラウスが問う。
オスカーはわずかに笑った。
「知りたかったからです。彼女が何を選ぶのか」
そしてラルフが言った。
「俺もだ」
つまり ―― 二人はすべて知っていた。
クラウスの肩から力が抜けた。
「申し訳ない……」
小さく言った。
ラルフは首を横に振った。
「謝る必要はない。その代わり利用させてもらう」
クラウスはラルフの目を見ると頷いた。
「宰相を引きずり出す」
「面白くなってきましたね」
三人の男が同じ机を囲んだ。
一人は、守るために。
一人は、暴くために。
一人は ―― 奪われないために。
静かな戦いが始まった。




