許された温もり
獣人の子供たちの案内は迷いがなかった。
暗い洞窟の奥。
細く見落としそうな裂け目のような通路を進み、岩をよじ登り、身体を横にしなければ通れない隙間を抜ける。
やがて ―― 外の光が見えた。
「……出られる」
ジークが呟いた。
外へ出た瞬間、冷たい空気が肺に流れ込む。
それは間違いなく外の空気だった。
「野営地は近い」
ラルフが周囲を見渡し、即座に方向を定める。
「急ぐぞ」
子供たちを中心にし移動を開始した。
その途中だった。
「……っ……」
小さな呻き声。
ノルだった。
顔色はさらに悪く、額には汗が滲んでいる。
「フェルスナー卿、大丈夫ですか」
リリアがすぐに支えた。
「……大丈夫……です……」
そう答えた声は、大丈夫ではなかった。
ラルフは立ち止まり振り返った。
数秒、ノルを見つめる。
「フェルスナー卿、帰還しろ」
その場の空気が止まった。
「……え」
ノルが顔を上げる。
「野営班と合流後、補助員をつけ王都へ戻れ」
命令だった。
迷いのない声。
ノルの顔が強張る。
「……やれます」
絞り出すように言った。
「お願いします」
そして ―― 頭を下げた。
悔しくて拳が震えていた。
守られたまま終わり、離脱するのが。
だがラルフの表情は変わらなかった。
「命令だ」
それだけだった。
それが余計に、ノルの胸を刺した。
「フェルスナー卿」
オスカーが口を開いた。
一歩前へ出る。
「団長はな、お前の命の方が大事だから言ってるんだ」
ノルの目が揺れた。
「補助員もつける。子供たちと一緒に帰れ」
オスカーの声は、厳しくも優しかった。
ノルは何も言えず、唇を噛み締める。
その時だった。
きゅっ。
オスカーの隊服の裾が引かれた。
視線を落とすと、ウサギの耳の少女が見上げていた。
「……どうした」
オスカーはしゃがみ、目線を合わせた。
頭を優しく撫でる。
少女はノルを見た。
「お兄ちゃん……痛いの?」
小さな声だった。
「ああ」
柔らかく答える。
「このお兄さんは、身体が痛いから君たちと一緒に山を下りるんだ」
少女は少し考えた。
そして ―― ぴょん、と耳を立ててノルの前に立った。
小さな手をノルの脇腹へかざした。
「……?」
次の瞬間、淡い光が溢れた。
温かい優しい光。
ノルの身体を包んだ。
「……っ」
痛みが消え、呼吸が楽になる。
光がすっと消えた。
ノルは目を見開いた。
「……え……」
恐る恐る身体を動かす。
まったく痛くない。
ラルフとオスカーも言葉を失っていた。
「治癒魔法か」
ラルフが呟く。
「驚きましたね」
オスカーが続く。
少女は少し誇らしげに笑った。
ノルは少女を見た。
「……ありがとう」
心から言った。
その後の協議は短かった。
ノルの帰還命令は取り消された。
そして ―― 子供たちも同行することになった。
「役に立ちたい」
そう言ったのは、子供たち自身だった。
耳も。
目も。
嗅覚も。
彼らは人より優れていた。
そして何より ―― 恩を返したいと願っていた。
子供たちの世話係はリリア、ノル、ジークに任された。
三人の周りには、自然と子供たちが集まっていた。
夜。
野営地は静かだった。
焚き火の前にリリアは一人で座っていた。
炎の揺れを眺め、昨日今日のことを思い出していた。
落ちて助かったこと。
再会したこと。
子供たちを見つけたこと
「……」
その時。
リリアは背後の気配に気づき振り返ろうとすると、その前に抱きしめられた。
「……っ」
息が止まる。
知っている腕と温もり。
「……団長」
呼んでみたが返事はなかった。
ただ腕の力が少し強くなった。
ラルフの顔が、首元へ埋められる。
「……無事でよかった」
掠れた声だった。
初めて聞く声だった。
団長の声ではなく一人の男の声だった。
リリアの胸が、締めつけられる。
「……すみませんでした」
震えそうになる声を抑えて、小さく答えた。
ラルフの手が、頬へ触れ、顔を上げさせられる。
目が合うと名を呼ばれた。
「リリア」
ゆっくりと唇が重なった。
優しいキスだった。
奪うものではなく、確かめるキス。
何度も。
何度も。
触れる。
リリアの身体から力が抜ける。
瞳がとろけるとラルフが苦笑した。
「今はそんな顔するな」
(自分がさせたくせに……)
リリアはそう思い、ラルフの胸に顔を埋め寄り添った。
今だけ。
この瞬間だけ許された温もりだった。
少し離れた場所でオスカーは見てしまった。
「……はぁ」
ため息を吐く。
止めるつもりはなかった。
「まったく……」
小さく呟き、夜空を見上げる。
「どうなるかな……」
誰に向けた言葉でもなかった。
だが、その目は ―― どこか優しかった。




