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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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凍える闇の中で

「 ―― リリア!」


叫んだ直後だった。


ラルフの身体が崖へ踏み出しかけた瞬間 ――


強い力で腕を掴まれた。



「しっかりしろ」


オスカーだった。


鋭い視線がまっすぐラルフを射抜いている。


その目に ―― 叱責と焦りとそして同じ恐怖があった。



「……っ」


ラルフの呼吸が乱れる。


だがその言葉で我に返った。


ここで自分が取り乱せば、隊全体が崩れる。



雪崩はまだ完全に止まったわけではない。


二次災害の可能性もある。


ラルフは大きく息を吸い込んだ。


肺の奥が凍りつくように冷たい。



「捜索班を出す」


声はもう震えていなかった。


「安全な場所まで移動する」


団長の声だった。


だが拳はまだ強く握られていた。


ジークも崖の下を見つめたまま動けずにいた。


霧が濃く何も見えない。


(……嘘だろ……)


心の中で呟く。


信じたくなかった。




その頃。


リリアは必死に木へしがみついていた。


「……っ……!」


身体が揺れる。


辺りを見渡せば白い霧に包まれていた。


底は見えない。


隣でノルが荒い息をしていた。


「フェルスナー卿、大丈夫ですか」


「……は……い……なん、とか……」


声が弱い。


落ちる瞬間、とっさにリリアはノルを抱き寄せていた。


そのおかげで壁側へ流され木に引っかかった。


奇跡だった。


本当に。


少し下に足をかけられそうな場所があった。


リリアは慎重に足を伸ばし、飛んだ。


雪が崩れたが、着地できた。



「……っ……!」


すぐに振り返る。


「フェルスナー卿!」


ノルもなんとか降りてきた。


そこは小さな岩棚だった。


さらに奥には洞窟の入口があった。


「……中へ」


二人は中へ入った。


風が遮られるだけで寒さが違う。


リリアは落ちていた枝を集め、火を起こした。


炎が灯る。


その光の中で、ノルの顔色が悪いことに気がついた。



「フェルスナー卿」


近づくとノルは手で脇腹を押さえていた。


触れた瞬間、



「っ……!」


ノルが呻いた。


(……肋骨)


折れている。


「息は?」



「……吸えます……」



内部損傷はなさそうだった。


リリアは自分のマントを敷き、ノルを寝かせた。


濡れた服を脱がせる。


「リリアさん……」



「低体温症の方が危険です」



有無を言わせなかった。




夜。


洞窟の外は完全な闇だった。


炎の音だけが響く。


リリアは、静かに炎を見つめていた。


(……団長……)


落ちる瞬間。


名を呼ぶ声が聞こえた。


あの声が耳から離れない。


胸が締め付けられる。



その時。


「……寒い……」


ノルの声。


額に触れると熱があった。


(まずい……)


リリアは迷ったがすぐに決断した。



服を脱ぎ、ノルに掛けていた防寒着とマントの中へ入る。


ノルを抱きしめた。


「大丈夫です」


自分に言い聞かせるように。


「大丈夫……」


そのまま二人は眠りに落ちた。




どれくらい経ったのか。


ノルは目を覚ました瞬間 ―― 固まった。



温かくて柔らかい。


ゆっくりと視線を上げると、すぐ目の前にリリアがノルを抱き締めて眠っていた。


規則正しい寝息。


無防備な顔。



(……リリアさん……)



頭が真っ白になる。


これは応急措置だと分かっている。


助けてくれただけだと理解している。


それなのに ―― 胸の奥が熱かった。


目の前にある柔らかさ。


少し動けば、触れてしまう距離。



触れてみたい。



そんな考えが浮かんだ瞬間、理性が必死に否定した。



(駄目だ)


大切な先輩だ。


そんなことをしていい相手じゃない。



それでも ―― 手が動いてしまっていた。


恐る恐る、壊れ物に触れるように。


そっとリリアの背中へ。


指先が触れた瞬間 ――


「……ん……」


甘い声が漏れ、びくりと全身が震える。



今まで聞いたことのない声だった。


頭の奥が痺れる。


(……今の……)


もう一度聞きたい。



衝動だった。


止められなかった。


指先をゆっくりと滑らせる。


背中をなぞるように撫でる。


「……ぁっ……」


また声が漏れた。


その瞬間 ―― 何かが壊れ、理性が完全に崩れた。


気づけば身体が動いていた。


痛みも忘れて、上半身を起こす。


リリアの両腕を掴むとマントの上に押さえ込んだ。


「……フェルスナー卿……」


まだ眠気を残した声が聞こえる。


ノルは唇を見つめ、キスしていた。


深く夢中で。


柔らかく温かい息が混ざる。


何も考えられなかった。


ただこの人に触れていたかった。


もっと欲しかった。


何度も角度を変えて唇を重ねる。


ノルの手が押さえていた腕から頬へ移った瞬間。



「――っ!」


腹部に激痛が走った。



折れた肋骨を正確に打ち抜かれた。



「ぐっ……!!」



息が詰まり身体が折れる。


一瞬で現実に引き戻された。


「しっかりして、フェルスナー卿」


怒りを含んだ低い声だった。


さっきまでの甘さはない騎士の声だった。


ノルは我に返った。


自分が何をしたのか理解した。


血の気が引く。


「……すみませんでした……」


絞り出す。


顔を上げられない。



「……調子に、乗りました……」



拳を握り震えていた。


後悔と、羞恥と、恐怖で。



嫌われたと思った。


軽蔑されたと思った。


すべてを失ったと思った。


それでも謝ることしかできなかった。



リリアはノルを責めなかった。


「大丈夫です」


とだけ言って起き上がり服を着た。


その優しさが余計に苦しかった。



その時、リリアがふと気づいた。



煙。



焚き火の煙が奥へ流れていることに気がついた。


「……?」


普通は外へ流れるはず。


「フェルスナー卿」


リリアの瞳が鋭くなる。


「奥に、出口があるかもしれません」


闇の奥を見つめた。


生きるための道を見つけるために。

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