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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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雪の中の距離

日が落ちる頃、騎士団は野営の準備に入った。


山道は想像以上に険しかった。


踏み固められていない雪は足を取られ、 岩肌は凍りつき、 体力を確実に削ってくる。



「今日はここまでだ」


ラルフの声が静かに響く。


その一言で、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


騎士たちは慣れた動きで持ち場につき、 テントを張り、 薪を集め始める。


吐く息は白く、 空気は刺すように冷たい。


その中でジークは腕を組んだまま、 少し離れた場所を見ていた。


視線の先には ―― リリアがいた。


雪の残る地面の上で黙々と薪を割っている。


無駄のない動き。


正確な力の使い方。


以前と変わらないはずなのに ――


(……なんだろうな)


違和感がある。



隣でノルが声をかけてきた。


「ジーク先輩、どうしました?」


「……いや」


ジークは視線を逸らさずに答える。


「あいつ……」


小さく呟く。


「なんか、変わったよな」


ノルも同じ方向を見る。


「……そうですね」


少し考えるように言う。


「強くなった、というか……」


ジークは首を振った。


「違う」


もっと、別の。


言葉にしにくい違和感。


「……あんなに胸あったか?」


「えっ」


ノルが固まった。


ジークは眉を寄せたまま続ける。


「なんか……隊服、きつそうに見えねぇか」


真剣な顔だった。


ノルの顔が一瞬で赤くなる。


「ちょ、ちょっと!」


慌てて小声になる。


「それリリアさんに言っちゃダメですよ!」


「は?」


「変態だと思われますよ!」


その言葉に、ジークの顔が一気に赤くなった。


「言わねぇよ!!」


思わず声が大きくなる。


慌てて口を押さえる。


ノルが苦笑する。


「先輩、意外とそういうところ見てるんですね」


「見てねぇ!」


即答だった。


だがその直後、小さく呟く。


「……ただ」


視線はリリアのままだった。


「……ちゃんと飯食ってる顔になったな」


それは本音だった。


以前のリリアは、どこか痩せていて触れれば折れそうだった。



今は違う。


まだ細いが健康そうに見えた。



ノルは少しだけ微笑んだ。


「……よかったですよね」


その言葉にジークは何も答えなかったが、安堵の目を向けていた。


同じ頃。


リリアは焚き火の準備をしていた。


集めた薪を並べ、斧で割る。


乾いた音が雪の中に響く。


湿っている木は使えない。


燃えにくいからだ。


少しでも乾いた部分を探し、慎重に割る。


身体が熱くなってきた。


防寒着とマントが邪魔に感じ、リリアはそれを脱ぎ、近くの岩にかけていた。


冷たい空気が肌に触れる。


だが不思議と寒くはなかった。


(……久しぶりだ)


騎士として、こうして野営をするのは。


焚き火に火を入れる。


小さな炎が揺れる。


それを見つめていると ―― 視線を感じ振り返った。


そこにオスカーが立っていた。



「……」


何も言わず、ただ見ている。


リリアはすぐに姿勢を正した。


「お疲れ様です」


頭を下げる。


オスカーはゆっくりと近づいてきた。


そして目の前で止まる。


視線はリリアの顔ではなく ―― 少し下だった。



「……」


数秒の沈黙。


そして気づいた時には口から出ていた。



「隊服、きつくないか?」



「……え」


意味が分からなかった。


だがオスカーの視線を追って ―― 理解した。


顔が一気に熱くなる。


「……っ」


思わず腕で隠そうとする。


隊服の胸元。


確かに以前より余裕が全くない。


「魔術師様から……」


小さな声で言う。


「任務が終わるまでは……そのままにしておいた方がいいと……」


変装のための魔術。


髪色は戻してもらったが、

身体の印象は変わっていた。



元に戻すのは、任務が終わってからだと。



「……すみません……」


なぜ謝ったのか自分でも分からなかった。


ただ、恥ずかしくて顔を上げられなかった。



オスカーはニヤリと笑った。


「謝るな」


リリアの耳元に近づき


「悪くない」


「……っ」


余計に恥ずかしくなる。


オスカーは焚き火の前にしゃがみ込んだ。


炎を見つめながら話し出した。


「ちゃんと身体戻ってきたな」


リリアがオスカーを見た。


「副団長……?」


オスカーは炎を見たまま続ける。


「前のお前は、今にも消えそうだった。今は違う。ちゃんと生きてる顔してるな」



リリアは何も言えなかった。


胸の奥が少しだけ熱くなった。


オスカーは立ち上がり、クシャっとリリアの頭を撫でた。



「風邪ひくなよ」


それだけ言って去っていく。


背中を見送りながら、リリアは小さく息を吐いた。


雪の夜は、静かだった。





オスカーと話しているリリアの顔が、やけに赤かった。


焚き火のせいだけではない。


分かっているのに ―― 目が離せなかった。


オスカーが何かを言うたび、リリアの表情がわずかに揺れる。


困ったように。


恥じらうように。


そのすべてをラルフは遠くから見ていた。


そして気づいた。


周囲の団員たちの視線もまた、同じようにリリアへ向いていることを。



隊服の上からでも分かる身体の線。


火に照らされて浮かび上がる白い肌。


無意識に引き寄せる存在感。



「……はぁ」


小さくため息が漏れた。



(……何をしているんだ、俺は)



団長だろ。


そう自分に言い聞かせる。


それでも、胸の奥に生まれた感情は消えなかった。



嫉妬。



その言葉を認めた瞬間、自嘲が込み上げる。



(……こんなにも余裕がないとはな)


ラルフは視線を外した。



―― そのはずだった。



気づけば足が動いていた。


焚き火から少し離れた場所。


リリアが一人で薪を抱えていた。



「ローゼン卿」


名を呼ぶとリリアが振り返る。


「団長……」


その瞬間、胸が強く締めつけられた。


一歩近づき、さらにもう一歩。


逃げ場のない距離。


リリアの呼吸が止まる。



「リリア」


耳元で名前を呼ぶとびくりと身体が震えた。


その反応が ―― どうしようもなく愛しかった。


指先を伸ばす。


頬へ。


触れる寸前で止める。


理性が、ぎりぎりで踏みとどまる。


それでも言葉は止まらなかった。



「他の男にあんな顔を見せるな」


低く、掠れた声。


命令でも、忠告でもない。



ただの本音だった。



リリアの瞳が大きく揺れる。


その瞬間、ラルフは自分が何を言ったのかを理解した。



(……何を言っている)



「忘れろ」


短く言い、背を向ける。



夜の冷たい空気が、熱を持った感情を少しずつ冷ましていった。

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