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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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沈黙の時

扉が閉まった音がまだ耳に残っていた。


静かだった。


何も聞こえない。


自分の呼吸だけがやけに大きく感じた。



「……団長……」


呼んでみても返事はない。


両手は頭上で縛られたまま、動かないし逃げられない。


目隠しのせいで視界は真っ暗だった。


(……こわい)


素直にそう思った。


何をされるのか分からない。


怒っているのは分かる。


当然だ。


皆の前で跪かせた。



「ごめんなさい……」



誰もいないのに呟いた。


胸が苦しい。


自分のしたことが今になって現実として重くのしかかる。


紐を引っ張ってみたが解けなかった。


当たり前だ。


逃がさないための、騎士の結び方だった。


そのはずなのに ――


(……痛くない)


きつく食い込んでいない。


動けなくするためだけの強さと縛り方。


苦しめるためじゃない。


それに、布団もちゃんと掛けられている。


さっきの声も怒っていたし、乱暴だったのに、最後だけ優しかった。


「……また後でな」


その言葉が何度も頭の中で繰り返される。


罰するならあんな言い方はしない。


捨てるなら布団なんて掛けない。


守る必要なんてないはずなのに。


「……なんで……」


分からない。


怖いし、不安なのに、胸の奥が少しだけ温かかった。


(……団長……)


自分は今捕らえられている。


それなのに、なぜか守られていると思ってしまった。


矛盾している。


おかしい。


目隠しの奥でリリアはゆっくりと息を吐いた。



そして縛られたまま小さく身体の力を抜いた。



――――――



ノックもなしに扉が開いた。


「オスカー」


それだけ言ってラルフが立っている ――


ただ、それだけでオスカーは理解した。


「……どうした」


一応、聞く。


形式的な問いだった。


ラルフは答えない。


部屋の中央で立ったまま動かないでいた。


隊服の襟は乱れていない。


呼吸も乱れていない。


顔もいつもの団長の顔だ。


外側は完璧だった。


だが右手がわずかに強く握られている拳。


ほんの一瞬だけ遅れた視線。


(……ああ)


オスカーはすべてを察した。


何があったのか。


何をしてきたのか。


何をしてしまいそうだったのか。


ラルフは何も言わない。


言えないのだろう。



これは団長としてでも、王族としての話でもない。


ただの ―― 男の衝動の話だから。



だからオスカーも聞かなかった。


代わりに書類に記入しならがら視線だけを向ける。


「……ほどほどにしろよ」


オスカーが話すとラルフの目がわずかに動いた。


「あまり壊すなよ」


その言葉の意味をラルフは正確に理解した。



「分かってる」


短い返事。


それだけだった。


それだけで、十分だった。



(……分かってる、か)


オスカーは心の中で呟く。


こいつは壊したいわけじゃない。


守りたいだけだ。


しかし守りたいものほど、自分の手で傷つけてしまいそうになる男だということもオスカーは知っている。


子供の頃からずっと見てきたから。



胸の奥にわずかな苛立ちが生まれる。


それが何に対しての感情なのか、オスカー自身にも分からなかった。



リリアに対してか。


ラルフに対してか。


それとも ―― 自分自身に対してか。



オスカーは息を吐いた。



表情を切り替え、副団長の顔に戻る。


机の上の書類を手に取りラルフの前に差し出した。



「俺はさっき捕まえたやつらの尋問に行く」


いつもの事務的な声。


「これに目を通しておいてくれ」



ラルフは無言で受け取る。



オスカーは少しだけ間を置いた。


副団長としてではなく。


団長に対してでもなく。


ただの ―― 昔からの友人として言った。



「……終わったらさっさと戻れ」



一瞬だけ、ラルフの目がオスカーを見る。


オスカーはもう何も言わなかった。


それ以上は踏み込まない。


踏み込めない。


扉へ向かい、開ける直前にほんの一瞬だけ立ち止まった。


(……ほどほどにしろよ、本当に)


心の中でだけ呟くと扉を開けて出ていった。




部屋にはラルフだけが残された。


ラルフは立ったまま手の中の書類に視線を落とす。


オスカーから渡されたものだ。


ゆっくりと机へ歩み寄り、椅子に腰を下ろす。


一枚ページをめくる。


文字を追う。


頭は ―― 思っていたよりも冷静だった。


先ほどまで胸の奥で暴れていたものが今は静まっている。


「……」


オスカーの顔が浮かぶ。


何も聞かなかった男。


それでもすべてを分かっていた男。


(さすがだな……)


心の中でそう思う。


ペンを取り、迷いなく書類の最後に名を書いた。


インクが紙に染み込むのを見届けてからペンを置く。


ラルフは立ち上がった。


隊服の襟を正し、乱れがないことを確かめる。


そして私室へ向かって歩き出した。


その足取りはもう迷っていなかった。

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