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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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支配側の仮面

朝から王妃の私室は荒れていた。


花瓶が床に叩きつけられ割れる。


甲高い叫び声が部屋中に響いていた。



「気に入らない……! 全部、全部気に入らないわ!!」



侍女たちは壁際で頭を下げ、ただ嵐が過ぎるのを待っている。



中央では、下級メイドが一人、床に跪かされていた。


身体を丸め、頭を抱え、震えている。



その前に立っているのは ―― オスカーだった。


副団長の仮面を被ったまま、無表情で鞭を握っている。



(……くそ)


内心でだけ吐き捨てる。


顔には出さない。


出してはいけない。



「今日も楽しませてちょうだいね、オスカー」


甘えるような声で、王妃が胸元へ寄り添ってくる。


その指先が胸元をなぞる。



「さあ、始めて」


命令。


絶対の命令。


オスカーはゆっくりと鞭を持つ手に力を込めた。


(時間を稼ぐしかない)


壊さないで疑われない範囲。


その瞬間だった。



―― ノックもなく扉が開いた。



全員の視線が向く。


王妃の顔が一瞬で歪んだ。



「私の邪魔をするとは、誰だっ!!」



手にあった小物が扉の方へ投げつけられる。


甲高い怒声。


狂気。



その中で、一人の女がゆっくりと部屋へ入ってきた。



「リリア・ローゼン……?」


オスカーの喉がわずかに動いた。


息を忘れていた。


そこにいたのは、彼の知っている“女性”ではなかった。



赤いドレス。


胸元は深く開き、背中も大胆に露出している。


歩くたびにスカートの切れ目から白い脚が覗く。


黒髪は柔らかく波打ち、茶色の瞳はまっすぐ前を見据えている。


堂々と迷いなく。


自分の魅力を理解した女の歩き方だった。


(……ローゼン卿……)


同一人物だと理解するのに一瞬時間がかかった。



「あら、王妃様」


リリアが微笑む。


「面白そうな遊びをされていますね」


その声は逆らえない何かを含んでいた。



王妃が叫ぶ。



「誰の許可で ―― 」


言葉は最後まで続かなかった。


リリアの手が、王妃の首にかかっていたからだ。


細い指に確かな力を込め、そのままぐっと押す。


王妃の身体が後退する。


一歩。


また一歩。


そして ―― ベッドへ倒れ込んだ。



オスカーの鞭を握る手がわずかに緩む。



(……何をしている)



止めるべきか。


任務として。


副団長として。


だが身体が動かなかった。



リリアが王妃を見下ろしている。


「静かにしなさい」


低く冷たい声で話しかけた。


「誰が声を出していいって言ったの」


王妃の呼吸が止まる。


「……っ……」



「王妃様」


今度は優しく反対の手で頭を撫でる。


「私がゆっくり可愛がってあげますからね」


王妃の瞳から、焦点が消える。


「……はい」


蕩けるような返事。



オスカーの背筋にぞくりと何かが走った。


(支配している)


完全に。




そのとき、侍女が叫んだ。


「王妃様になんてことを!」


小瓶を差し出す。


「お薬を ―― 」


リリアの手が動き、小瓶が床へ弾き飛ばされた。


「誰の許可で持ってきたのかしら」


睨む。


それだけで侍女が凍りついた。



「王妃様」


顎を持ち上げる。


「これからは、私の言うことだけ聞きなさい」


耳元で囁く。


「言うことを聞けば、ご褒美をさしあげますよ」


王妃の唇が開く。


「……はい」


「では、リリアと呼びなさい」


「……リリア……」


王妃が立ち上がる。


その場にいる全員へ告げた。


「リリアの言うことは絶対です」


焦点の合わない瞳。


だが声ははっきりしている。



「私の意思だと理解して、動きなさい」



部屋の空気が変わった。


完全に主導権が移った。


リリアが振り返る。


「邪魔だから、皆さん出て行ってくださる?」


そしてオスカーへ歩み寄った。


距離がなくなり、甘えるように首に手をかけ寄り添った。


「副団長様」


甘い声。


「紅茶を入れてくださるかしら」



オスカーの心臓が一瞬強く打った。


「かしこまりました。茶の用意を」


副団長の声で答え、侍女へ命じる。


全員が退出し、扉が閉まる。



部屋に残ったのは ――


王妃

リリア

オスカー


そして……静寂。



王妃は、虚空を見つめたまま動かない。



しばらくして扉が開いた。



執事姿のノルが無言でティーセットを置くと小瓶をリリアへ渡した。


「これです」


「ありがとう」


リリアが受け取り、王妃の唇へ運ぶ。


「飲みなさい」


王妃は静かに従った。



数秒後。


眠りへ落ちた。



―― とりあえず成功した。


ノルが一礼して退出すると、静かに扉が閉まる。



オスカーはリリアを見た。


さっきまでの悪女ではない。


ほっとしたように息を吐いている。


肩がわずかに震えていた。


(……無理をしているな)


当然だ。


これは彼女にとって初めての“支配”だったのだから。


「ローゼン卿」


低く呼ぶとリリアが振り向いた。


その瞳は ―― まだ戦っていた。


悪女の仮面と本当の自分の間で。

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