扉の前の距離
数日後、ラルフは王と謁見室で話していた。
「本当に後悔しないのか」
「はい」
ラルフは真っ直ぐ答えた。
「守りたいものが増えたんです。
今まで領地は他の者に任せてきました。これからは私が辺境の領主となり、この王都に敵が入り込まないように叔父上の力になりたいと思います」
「ラルフ……」
王は王としてではなく、叔父としてラルフを見ていた。
心配そうな顔だった。
「お前がそう決めたなら協力しよう。誰を連れて行くつもりだ」
「それは……」
ラルフは少し考え、それから静かに答えた。
王はため息を吐いた。
「有能どころを一斉に連れていくのか。さすがお前だな」
「本人達にはまだ話していません。決まり次第お知らせします」
「分かった。頑張れよ」
「ありがとうございます」
ラルフは深く頭を下げ、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。
久しぶりに少しだけ気持ちが軽かった。
やるべきことが決まったからかもしれない。
私室へ戻ると、扉の前にリリアが立っていた。
ラルフは少し離れた場所で足を止める。
リリアは扉をノックしようとして、また手を下ろす。
それを何度も繰り返していた。
ラルフは思わず小さく笑う。
「叩いても部屋にはいないぞ」
「!!……びっくりした……」
リリアは肩を揺らして振り返った。
「そんなに驚くことか」
「いきなり声かけられたらびっくりしますよ!」
少し怒ったように頬を膨らませる。
ラルフはふっと笑った。
その顔を見るのは久しぶりな気がした。
扉を開ける。
「入るか?」
「はい……」
リリアは小さく頷き、部屋へ入った。
部屋の中は静かだった。
暖炉の火が小さく揺れている。
懐かしい匂いがした。
ラルフの落ち着く香り。
胸の奥が少しだけ熱くなる。
(やっぱり……一番落ち着く……)
「少し待っててくれ」
ラルフはそう言うと、メイドにお茶の用意を頼んだ。
それから机へ向かい、書類に目を通し始める。
ペンを走らせる音だけが静かに響く。
リリアはソファーへ腰を下ろした。
ちらりとラルフを見ると真剣な横顔だった。
最近はずっと忙しそうだった。
前みたいに気軽に声をかけられない。
どこか距離を感じる。
それでも、追い出されないだけで嬉しかった。
しばらくすると、メイドがお茶を運んできた。
湯気の立つ紅茶と、小さな焼き菓子。
リリアはカップを両手で持ちながら、暖炉の火をぼんやり眺めた。
パチパチと薪が弾ける音が心地いい。
静かで暖かくて安心する。
再びラルフを見たが、まだ終わりそうになかった。
リリアは小さく目を閉じた。
少しだけ。
そう思ったまま、ゆっくり眠気に引き込まれていった。
しばらくして。
ラルフは書類に目を通していたが、ふと視線を上げた。
ソファーに座っていたはずのリリアは、いつの間にか眠っていた。
身体を背もたれに預け、毛布もかけずに寝息を立てている。
ラルフは小さく息を吐いた。
ソファーの背に掛けてあった毛布を手に取り、リリアの身体へそっと掛ける。
すると、リリアが小さく身じろぎした。
「……んっ……ラル…フ…」
寝言のように、名前を呼ぶ。
ラルフの手が止まった。
リリアはゆっくり目を開けた。
「……ラルフ……」
「眠いならベッドで寝るか」
ラルフはそう言い、リリアの乱れた髪を指先で整えた。
リリアはぼんやりしたままラルフを見上げる。
近い距離に胸が少しだけ苦しくなった。
「ちょっと待ってろ」
ラルフは立ち上がると、クローゼットを開けた。
中から夜着を取り出し、リリアの前へ戻ってくる。
「後ろ向け。背中のボタン、開けてやる」
リリアは静かに頷いた。
起き上がり、ソファーの上で身体の向きを変える。
ラルフの指先が背中に触れた。
一つずつ、ゆっくりボタンが外されていく。
その度に、リリアの肩が小さく揺れた。
ラルフは何も言わない。
けれど、その手は優しかった。
「緊張してるのか」
「……少し」
正直に答えると、ラルフは小さく笑った。
ラルフは最後のボタンを外すと、そっと手を離した。
「着替えられるか」
「……はい」
そう答え、リリアは浴室で夜着に着替えて部屋へ戻った。
ラルフは書類から顔を上げる。
その視線に、リリアは少しだけ立ち止まった。
「どうした」
「ラルフはまだ仕事ですか」
「ああ。先に寝てろ。まだ少し仕事が残ってる」
リリアは少しだけ寂しそうにラルフを見た。
「……隣にいたら、邪魔ですか」
ラルフは一瞬黙った。
「邪魔なわけないだろ」
「……なら、隣にいたいです」
ラルフは何も言わなかった。
けれど、小さく息を吐く。
「着替えたら行くから、先にベッド行ってろ」
リリアは嬉しそうに頷いた。
ベッドへ入ると懐かしい匂いがした。
リリアは枕に顔を埋めた。
その時だった。
「なにやってんだ」
低い声が落ちる。
ラルフがベッドへ入ってきて、リリアを抱き締めた。
リリアは少しだけ笑う。
「ラルフの匂いが落ち着くんです」
「そんなに匂うか?」
ラルフは自分の服を少し引いて匂いを確かめた。
けれど、自分ではよく分からなかった。
「仕事はいいんですか」
「リリアが寝たらにする」
そう言って、ゆっくり頭を撫でた。
大きな手。
優しい撫で方。
リリアは少しだけ顔を上げた。
「私のこと……嫌いになりましたか」
ラルフは思いもしないことを聞かれ、少しだけ身体を離した。
「なんでそう思うんだ?」
「ずっと避けられてた気がして……」
ラルフは静かに目を伏せた。
「あー……、いろいろ考えてたんだ。そう見えてたなら悪かった」
そう言うと、ぎゅっとリリアを抱き締める。
リリアはその腕の中で、ゆっくりラルフを見上げると目が合った。
リリアは少しだけ迷ってから、ラルフの唇に軽く口づけた。
触れるだけのキス。
しかし、ラルフは動かなかった。
リリアは恥ずかしくなりながら、もう一度自分から唇を重ねる。
唇を離し目を開けるとラルフと目があった。
「ん?」
ラルフは意地悪く、わざと何も反応しなかった。
リリアは困ったように視線を揺らした。
「……ラルフ」
小さく名前を呼ぶ。
その瞬間、ラルフの手がリリアの腰を抱く力を強めた。
「自分の行動に後悔しないか?」
リリアは小さく頷いた。
ラルフはリリアの顎を指先で持ち上げた。
逃がさないように、まっすぐ目を合わせる。
「なら、最後まで付き合え」
そう言って、ラルフから唇を重ねた。
深くはない。
けれど、一度では終わらない。
何度も、ゆっくり唇を重ねていく。
触れて、離れて。
また重ねる。
そのたびにリリアの呼吸が少しずつ乱れていく。
「……んっ……」
声を聞いて唇を離した。
ラルフはリリアの手を掴み、ゆっくり頭の横へ押さえた。
逃げられない体勢。
リリアはとろけた目でラルフを見上げる。
ラルフはそんな顔を見て、小さく笑った。
「そんな顔して欲しがるな」
ラルフの手が夜着の肩口に触れる。
ゆっくりとずらされ、白い肩が覗いた。
そのまま首筋へ唇を落とす。
肩に。
鎖骨に。
わざとゆっくり触れられるたび、リリアの身体が震えた。
「……っ、ラルフ……」
「ん?」
返事だけは優しい。
でも、手は止まらなかった。
腰を撫でられ、太腿をなぞられる。
リリアがびくっとするたび、ラルフは口角を上げた。
「撫でられるの弱いな」
「……ぁっ……や……」
「嫌なら止めるか?」
そう言いながら、止める気なんてないみたいにまた首筋へ口づける。
リリアはラルフの服をぎゅっと掴んだ。
「……止めちゃ……やだ……」
そのまま指先がゆっくり動く。
「……ん……あっ……」
リリアの息が乱れた。
身体がびくんと震える。
ラルフはそんな反応を見ながら、楽しんでいた。
リリアが波にのまれそうになったところで、ふっとラルフの動きが止まった。
リリアは潤んだ目でラルフを見上げる。
「……なん……で……」
消え入りそうな声だった。
ラルフは少しだけ笑う。
「欲しいんだろ」
そう言った次の瞬間。
リリアの身体が大きく跳ねた。
「……っ!」
強い刺激に、シーツを強く握った。
ラルフはそんなリリアを見下ろしていた。
「今のでイくのか」
意地悪く囁く。
リリアは涙を浮かべたままラルフを見上げる。
ラルフはその目元を親指でそっと撫でた。
「今からたくさん泣こうな」
優しい声だった。
けれど、逃がす気はない。
ラルフはリリアの腰を抱き寄せる。
何度も唇を奪いながら、熱を重ねていく。
リリアは息を乱しながら、ラルフの肩へしがみついた。
ラルフはそんな反応を見るたび、満足そうに微笑んだ。
「…ぁっ…きもち……いい……」
「いつからおねだり上手くなったんだ?」
その声に縋るように、リリアはラルフへ腕を回した。
「……もっと……」
小さく零れた声に、ラルフの目が揺れる。
そのまま何度もリリアの様子を見ながら、じわじわと追い込んでいく。
ラルフはリリアを抱き起こし、膝上に座る体勢にした。
「……これ……だめっ……」
リリアは何度も波にのまれ、涙が溢れてくる。
「もう限界か」
「……んっ……ぁっ……ぁっ」
リリアは答えられなくなっていた。
ラルフは強く抱き締めた。
「……っ……」
最後は二人で一緒に波にのまれていった。
荒くなった呼吸だけが、静かな部屋に響いていた。
ラルフはリリアを抱き締めたまま、ゆっくり息を吐く。
リリアは力が抜けたようにラルフの肩へ額を押しつけた。
「……っ……」
まだ身体が小さく震えている。
ラルフはそんなリリアの背中をゆっくり撫でながら寝そべる。
「大丈夫か」
優しい声だった。
「涙流すほど気持ちよかったか」
リリアは恥ずかしそうに頷く。
ラルフはリリアの乱れた髪を耳にかけた。
その仕草はどこまでも優しい。
リリアはラルフを見上げると金色の瞳が、自分だけを見ていた。
それが嬉しくて、胸がぎゅっとなる。
「……大好き」
小さな声だった。
ラルフの目が優しく微笑んだ。
「愛してる」
その声はどこか甘かった。
ラルフはリリアの額へそっと口づける。
「今日はこのまま寝ろ」
「……うん」
リリアは安心したように目を閉じた。
ラルフの腕の中は暖かくて、心地よかった。




