考える時間
数日が経ち、ラルフは動けるようになり私室へ戻った。
「ここは無事だったんだな……」
小さく呟く。
王宮内外は至る所が壊れ、血で汚れていた。
侍女や執事たちが片付けてくれてはいるが、元通りになるにはまだ時間がかかりそうだった。
ラルフは部屋に入ると、窓際の椅子に腰を下ろした。
静かな部屋だった。
けれど、以前のような安心感はない。
外を眺めながら、一人考え込む。
(オスカーをこのまま騎士団に置くわけにはいかないな……)
今回の戦いで、オスカーは魔力にあてられ限界を迎えた。
あのままリリアが来なければ、本当に死んでいたかもしれない。
この先も騎士団にいれば、また同じことが起きる。
だからと言って、今すぐ辞めろとも言えない。
リリアも戻ってきてから、俺とオスカーを名前で呼ぶようになった。
記憶が戻ったのかもしれない。
今までみたいに、公爵夫人という立場に置くのも負担が大きすぎる。
俺は何を手放さなければいけないんだ……
ラルフは深く息を吐いた。
考えても答えは出ない。
それでも、考えずにはいられなかった。
その頃。
リリアは王宮の客間に身を寄せていた。
本当はラルフの隣にいたかった。
けれど、ラルフが私室へ戻る時、
「リリアはここの客間に滞在するといい」
そう言われてしまった。
(私も一緒に戻りたいです……)
そう言いたかった。
でも、ラルフの顔を見たら言えなかった。
どこか距離を取ろうとしているように見えたから。
リリアは窓際に座り、小さく息を吐いた。
その時、扉がノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのはオスカーだった。
「今いいか?」
「はい。どうしました?」
オスカーは部屋を見回した。
「ロクスはいないんだな」
「ロクスは手続きがあるって、お兄様と一緒に行ってます」
「そうか」
オスカーは少し安心したように息を吐いた。
それからリリアの前まで来た。
「俺の淀みは消えてないよな」
リリアはオスカーの胸元をじっと見た。
以前ほど濃くはないが、薄く黒い影のようなものが残っていた。
「今は落ち着いてます……」
「そうか……」
オスカーは近くの椅子に座り、俯いた。
いつもの余裕のある笑顔はない。
その横顔はひどく疲れて見えた。
「今回の戦闘で思ったんだ。
俺の力では、もう団長を助けられない。
団長が傷ついても、俺は何も出来なかった。
リリアが来てくれなかったら、俺も団長も終わっていた」
リリアは黙って聞いていた。
オスカーは小さく笑った。
「もう潮時だな……」
「騎士団を辞めるんですか」
リリアが静かに問いかける。
オスカーは少しだけ肩をすくめた。
「足手まといになるからな。
騎士団は魔物討伐も多いのに、魔力に耐性がないって致命的だろ。
前は気合いでどうにかなると思ってた。
でも、今回ばかりは……さすがに無理だった」
オスカーは拳を握る。
悔しさを押し殺しているのが分かった。
「団長の横に立てなくなるのも嫌だけど……足を引っ張る方がもっと嫌なんだよ」
リリアは胸が苦しくなった。
誰よりも近くで、誰よりもまわりを見て、オスカーはずっとラルフを支えてきた。
その人が、自分から離れようとしている。
「リリア、こっちに来てくれないか」
リリアはゆっくり近づいた。
すると腕を引かれ、そのままオスカーの膝の上に座らされる。
オスカーはぎゅっと抱き締めた。
「俺が副団長じゃなくなったら、興味なくなるか」
「そんなわけないじゃないですか」
リリアはすぐに答えた。
「オスカーはオスカーです。
副団長じゃなくても、騎士じゃなくても、変わりません」
オスカーは目を閉じる。
少しだけ肩の力が抜けた気がした。
リリアはそっとオスカーの頭を撫でた。
銀髪が指に絡む。
「オスカーって、女性の扱い上手くて頼りになるのに、実は甘えん坊ですよね。ラルフにも酔っぱらうと甘えてるし……」
オスカーはぱっと身体を離し、リリアを見た。
「……思い出したのか」
「全部は思い出せないけど、大体は。
ラルフのことも、オスカーのことも、ちゃんと覚えてます」
オスカーはしばらく何も言わなかった。
それから、安心したように笑う。
「よかった……。本当に、よかった……」
その声は少し震えていた。
「オスカーは副団長じゃなくなっても大好きです。
だから、一人で決めないでください。
ラルフとも、私とも、ちゃんと話してください」
オスカーは目を伏せた。
「……ずるいな。そんなこと言われたら、離れられなくなるだろ」
リリアは困ったように笑う。
しばらくして、オスカーはリリアを抱えたまま立ち上がる。
そのままベッドへ移動し、そっと寝かせた。
覆い被さるように身体を寄せる。
「甘えさせてもらったから、今度はお返ししなくちゃな」
そう言って、リリアの頭を撫でる。
軽く唇を重ねた優しいキスだった。
リリアは目を閉じ、オスカーへ腕を回した。
「前みたいに逃げないんだな」
「逃げません。大好きな気持ちは嘘じゃないから。
オスカーが嫌じゃなければ……」
オスカーは少しだけ困ったように笑う。
「ちょっと妬けるけどな。団長の方が優先なんだろ?」
リリアは顔を赤くした。
オスカーはそんな顔を見て、ふっと笑う。
「それでもいいよ」
そしてもう一度、今度は少しだけ深く唇を重ねた。
「……ん……」
小さく漏れた声に、オスカーが目を細めた。
唇が離れたと思ったら、今度は口元に軽く触れるようなキスが落ちる。
「オスカー……」
「なに?」
「……意地悪です」
「そうか?」
オスカーは楽しそうに笑った。
「でも、リリアもちゃんと求めてくれてる」
そう言って、また唇を塞ぐ。
今度は少し深い。
リリアが逃げないように頭に手を添え、ゆっくりと角度を変える。
息が混ざる。
リリアは無意識にオスカーの服をぎゅっと掴んだ。
すると、オスカーは少しだけ身体を離した。
「かわいい。そんな顔されたら、もっと欲しくなるな」
オスカーは頬に口づけた。
瞼に。
額に。
何度も愛おしそうに触れていく。
「リリア」
名前を呼ぶ声が優しい。
「ちゃんと戻ってきてくれてよかった」
そう言って、最後に優しく唇を重ねた。
今度のキスは甘かった。
安心させるみたいに、何度もゆっくり唇を重ねる。
リリアはオスカーの首に腕を回し、その温もりに身を寄せた。
オスカーはそんなリリアを抱き締めながら、小さく笑った。




