繋がる記憶
父たちは最近忙しく、家に帰ってこない日が増えていた。
「一人では心配だから、ロクスを護衛に置いていく」
バルトにそう言われたが、リリアは首を横に振った。
「一人で大丈夫」
「お父様たちは仕事なんだから……」
そう言って、リリアは一人で家に残った。
リビングの椅子に座り、ノートを広げる。
思い出したことを、一つずつ書き出していくことにした。
自分はリリア・ローゼン。
今はワーグナー姓を名乗っている。
兄が二人いる。
アルトシュタイン王国の騎士団で騎士をしていた。
獣人の子供たちがいた。
副団長には魔力があり、自分はその馴染ませ方を知っている。
副団長の気配りや、意地悪そうに笑う顔を見ると安心する。
団長の手の感触や匂いが、一番落ち着く。
いつも怖い顔をしているのに、ふっと笑う顔が好きだった。
そこまで書いて、リリアはペンを止めた。
思い出せば思い出すほど、分からないことが増えていく。
(副団長さんは人間なのに、どうして魔力があるの……?)
(自分では馴染ませられないから、ギリギリまで我慢してるの?)
(団長さんは騎士団の団長ってことは、お父様と同じ立場のはずなのに……どうしてお父様より忙しそうなんだろう)
(団長さんと副団長さんは恋人だったって教えてくれた)
(でも、副団長さんがいつも一歩引いて、団長さんが先に接してくるのはどうしてなんだろう)
(普段の立場の問題なのかな……)
獣人の子供たちは隊服を着ていた。
けれど、あれは獣騎士団の隊服ではない。
アルトシュタイン王国の隊服だった。
(なんで……ルーヴェル王国じゃなくて、アルトシュタイン王国の隊服を着てたんだろう……)
謎ばかりだった。
リリアは少しでも思い出そうと目を閉じる。
霧の中を手探りで進むように、必死に記憶を探した。
―――
「お姉ちゃん!」
白銀の狼の獣人が、笑顔で手を握ってくる。
周りでは、他の子供たちも集まっていた。
『待ってたよ!』
―――
ラルフが怖い顔で立っている。
「自分の立場を分かっているのか」
「分かっています」
「お前はもう公爵夫人になるんだぞ」
―――
冷たい風が吹く。
しゃがみ込んだまま、何もできない。
(……もっと、頑張らないと……)
(頑張るって……なんだっけ……)
(いっそ……全部忘れて、逃げられたら……)
「ラルフ……オスカー……ごめんね……」
一筋の涙が頬を伝い、目を閉じる。
―――
「……っ……」
リリアは頭を抱え、その場にうずくまった。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
息が荒くなる。
胸が苦しい。
頭が痛い。
「公爵……夫人……」
ラルフが言っていた言葉。
公爵。
それは王族か、それに近しい家柄ということ。
もし、王族に近い家系だとしたら――
リリアは勢いよく立ち上がった。
向かった先は、王国図書館だった。
アルトシュタイン王国の家系図を探した。
棚から分厚い本を見つけ、急いで開いた。
「……あった」
今の現王。
王妃。
娘が一人。
だが、その娘は他国の王子と婚約している。
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現王には姉がいた。
婿を迎え、アルトシュタイン姓を名乗り、今は地方領主として暮らしている。
その夫婦には、一人息子がいた。
『ラルフ・フォン・アルトシュタイン』
現職は王立騎士団団長。
爵位は公爵位。
領地も持っている。
簡単に言えば、現王の次期王候補。
リリアの手が震えた。
そんな人が、自分の恋人だった。
公爵夫人になると言われたということは―― 婚約していたということだ。
リリアははっとして、本を閉じた。
窓に映る自分を見る。
胸元では、金色の星のネックレスが揺れていた。
その色は、団長の瞳と同じだった。
二人で出掛けた日。
団長さんは、このネックレスを見て、一瞬だけ微笑んでいた。
あの意味が、ようやく分かった。
リリアは唇を震わせる。
信じられないことをしてしまった。
きっと、何かが辛くて逃げた。
立場か。
勉強か。
婚約者としての重圧か。
そこまではまだ分からない。
でも。
団長も、副団長も、何も言わなかった。
責めなかった。
忘れた自分を優先して、お父様の元へ連れてきてくれた。
それなのに……
会いに来てくれた二人に、自分は幸せそうに笑っていた。
何も知らずに。
何も思い出せずに。
リリアは胸を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
息が上手く吸えない。
どうしよう。
どうしよう。
「リリア!」
聞き慣れた声が響く。
セドリックが駆け寄ってきた。
「おい!どうした」
「お兄様……私……」
額に汗が滲む。
それだけ言って、リリアの意識は途切れた。
セドリックはすぐにリリアを抱き上げ、その場を離れた。




