罪悪感
オスカーはリリアを部屋まで送り届けると、そのままベッドへ運ぼうとした。
「ここで大丈夫です」
リリアはそれを制し、ソファーへ腰を下ろす。
「体調がよくないなら、休んだ方がいい」
オスカーは心配そうに顔を覗き込んだ。
ふと、視線が重なった。
「オスカーも忙しいんだから、無理しないでくださいね」
そう言って、リリアは柔らかく微笑んだ。
オスカーはしばらく迷うように立ち尽くしていたが――
「何かあったら、すぐ呼ぶんだぞ」
そう言い残し、部屋を後にした。
扉が閉まる。
リリアはゆっくりと立ち上がり、重だるい身体を引きずるように窓へ向かった。
窓を開け、ベランダへ出ると夜風が頬を撫でた。
冷たい空気が、少しだけ心地いい。
手すりにもたれ、そのまま腰を下ろす。
見上げた空には、無数の星が広がっていた。
――ゆっくり考えたかった。
自分の力。
使うたびに削れていく身体。
一人では何も解決できない現実。
一人では満たされなくて二人に求め続けてしまった自分。
ラルフ。
オスカー。
ふとした瞬間に見せる、あの“我慢する顔”。
セドリックに言われた言葉も、胸に残っている。
獣騎士隊としても。
公爵夫人としても。
――すべてが中途半端だった。
(どうしたらいいか、教えてほしい……)
頼れば、誰かに負担がかかる。
(いっそ……全部忘れて、逃げられたら……)
そんな弱い考えが、頭をよぎる。
(……もっと、頑張らないと……)
――でも。
(頑張るって……なんだっけ……)
意識が、ゆっくりと遠のいていく。
瞼が重い。
「ラルフ……オスカー……ごめんね……」
一筋の涙が頬を伝い――
そのまま、静かに目を閉じた。
その頃。
ラルフは王宮での報告を終えたあとも、執務室に残っていた。
王への報告。
クラウスとの確認作業。
騎士団の報告書。
山積みの仕事を、淡々と片付けていく。
ふと、時計に目をやるとすでに深夜だった。
その瞬間―― 胸の奥に、わずかな胸騒ぎがした。
(……なんだ)
理由は分からない。
だが、嫌な予感だった。
ラルフはペンを置いた。
そのまま立ち上がり、足早に私室へ向かう。
扉を開けた瞬間―― 冷たい空気が流れ込んできた。
まるで外にいるかのような寒さ。
暖炉には火が入っているはずなのに、部屋は冷え切っていた。
「……っ」
すぐに視線を走らせる。
開いたままの窓。
ラルフは迷わず駆け寄った。
その先―― ベランダに、リリアがいた。
手すりにもたれ、力なく座り込んでいる。
「リリア!」
ラルフはすぐに身体を引き寄せた。
その瞬間。
ぐらり、と力なく横に崩れ落ちる。
「……っ!」
慌てて抱き止めた。
リリアは驚くほどに冷たかった。
ラルフはすぐに呼吸を確認する。
――微かだが、息はある。
「……っ、くそ……!」
急いで室内へ運び、暖炉の前へ。
ベッドから掛け布団を引き剥がし、リリアを包み込む。
「誰か来い!!」
声を張り上げる。
「治癒師と――オスカーを呼べ!!」
メイドが慌てて駆けていった。
しばらくして、治癒師のルークが到着する。
すぐに魔法を施すが―― リリアの顔色は、変わらない。
青白いまま、意識も戻らなかった。
ルークの表情が曇る。
「……治癒魔法が、効きません」
「なぜだ」
「理由は分かりません……ですが、弾かれるような感覚が……」
申し訳なさそうに頭を下げた。
その時、扉が勢いよく開いた。
「団長!」
息を切らしたオスカーが駆け込んできた。
視線がリリアに向いた瞬間―― 固まった。
「なんで……こんな……」
言葉が出なかった。
ルークは静かに告げる。
「しばらくは身体を温め続けてください。意識が戻ったら、白湯を少しずつ飲ませてください」
それだけ言い残し、部屋を後にした。
暖炉の火の音だけが響く。
「……すみません」
オスカーが、ぽつりと呟いた。
「俺がついていれば……」
ラルフは短く言う。
「お前のせいじゃない」
それ以上は言わなかった。
ただ、リリアを抱き上げる。
その身体は、まだ冷たい。
オスカーが無言で交代した。
そしてまた、ラルフが抱き直す。
言葉はない。
ただ―― 二人は交代で、リリアを抱き続けた。
暖炉の火の前で。
その温もりが、少しでも届くようにと願いながら。




