静かな違和感
翌朝。
オスカーはゆっくりと目を覚ました。
身体が重く、だるさが残っていた。
横を見るとリリアが静かに眠っていた。
規則正しい寝息。
力の抜けきった身体。
小さく息を吐いた。
視線を巡らせるが、ラルフの姿はない。
思考がまだ鈍い。
オスカーはリリアを抱き寄せ、そのままもう一度目を閉じ再び眠りに落ちた。
その頃――
ラルフは隣室でサーヴィルたちと話していた。
「団長様は体調いかがですか」
サーヴィルが穏やかに問いかける。
「多少の疲労感はあるが、平気そうだ」
サーヴィルは小さく笑った。
「さすがですね。普通の人間であれば、ほとんど動けなくなりますよ」
「そうか?……少し寝たら回復した」
「お二人が起きたら、回復魔法を使える者を向かわせます。腕は確かですので」
「助かるな。感謝する」
ラルフはそう言い、ロクスが用意した朝食の籠を受け取った。
部屋に戻ると、籠を机に置く。
中から珈琲の瓶を取り出し、一口飲んだ。
そのまま、ベッドへ視線を向ける。
オスカーがリリアを抱きしめて眠っていた。
ラルフは小さく息を吐いた。
だが不思議と責める気持ちは起きなかった。
ベッドの縁に腰を下ろし、リリアの頭を撫でる。
静かな寝顔。
その気配に反応したのか、オスカーが目を開けた。
ぼんやりとどこかを見つめている。
ラルフはオスカーの横へ移動した。
「調子はどうだ」
オスカーが身体を起こそうとした。
その頭をラルフが軽く押さえた。
「もう少し寝てろ」
オスカーは抵抗せず、再び目を閉じた。
――昼過ぎ。
午後になっても、二人とも起きる気配はなかった。
コンコン、と扉が叩かれる。
ラルフが扉を開ける。
「獣騎士団所属の魔術師、セドリックと申します」
マントのフードの奥から、薄いブルーの髪と淡いピンク色の瞳が覗いていた。
ラルフは一瞬だけその顔を見つめるが、すぐに視線を外す。
「ああ。二人とも起きない。頼む」
「かしこまりました」
セドリックはリリアを見た瞬間、わずかに足を止めた。
だがすぐに回復魔法を施す。
続けてオスカーにも。
オスカーはすぐに目を覚まし、身体を起こした。
「よく寝ました」
「半日以上寝てたからな。体調は」
「大丈夫です」
そう答え、セドリックへ視線を向ける。
(……どこかで……)
わずかな親近感。
「ありがとうございます」
「いえ。また後ほど様子を見に参ります」
静かに言い、部屋を出ていった。
ラルフは椅子に腰を下ろし、珈琲を口にする。
「団長はなんともないんですか」
「俺は平気そうだ」
「すごいですね。俺一人だったら確実に終わってましたよ」
オスカーは苦笑する。
「お前は魔力の影響も受けているのかもな」
「……それでも、男としては少しへこみますね」
そんな会話をしながら、帰還の準備を進める。
クラウスへの手紙。
王への報告書。
やることは山積みだった。
出発前。
再びセドリックが部屋を訪れた。
リリアへ回復魔法を施した。
「……ん……」
リリアがゆっくりと目を開ける。
「早く起きろ」
聞き覚えのある声。
ぼんやりと視線を向け―― 次の瞬間、固まった。
「セドリック兄様……」
ラルフとオスカーが顔を見合わせる。
「兄様?」
よく見れば、クラウスに似ている。
ローゼン家の次男だった。
セドリックは冷たい視線を向ける。
「自分だけよく寝ているな。お前も偉くなったな」
淡々とした声。
リリアは慌てて身体を起こした。
「すみません……」
オスカーが間に入る。
「今回は力の消耗が大きかったですから」
やんわりと遮った。
だがセドリックは止まらない。
「男ばかりに守られて、腰振ってまるで雌犬だな」
冷ややかな言葉。
その一言で、空気が凍る。
「出ていけ」
ラルフの声が落ちた。
抑えた怒りだった。
セドリックはリリアを睨み付けると、ラルフたちに静かに一礼し、そのまま部屋を出ていく。
「気にするな」
ラルフはリリアの側に寄った。
だが―― リリアは何も答えない。
ただ一点を見つめていた。
(……間違っていない)
胸の奥に、言葉が残る。
何も言えなかった。
「王宮へ戻る。動けるか」
ラルフの優しい声。
リリアははっとして顔を上げる。
「……はい。すぐに支度します」
立ち上がり、身支度を整える。
ふと、鏡に映る自分を見た。
(……お前なんていなくなればいいのに)
一瞬、そんな声が脳内に響いた。
魔力も暴れてる感じはしない、回復魔法もかけてもらってるのに身体中が悲鳴をあげてるようだった。
支度を終え、三人で部屋を出る。
サーヴィルたちと別れ、城へ向かった。
馬は二頭。
リリアは都合上でオスカーの前に同乗した。
道中。
リリアの身体から、ふと力が抜け、身体が傾いた。
「リリア」
オスカーがすぐに抱き止める。
「あっ、すみません……」
かすれた声。
ラルフはその様子を見て、わずかに目を細めた。
(おかしいな)
違和感が残る。
「部屋に送ったらすぐ寝かせてやってくれ」
「わかりました」
――リリアの異変は、まだ始まりに過ぎなかった。




