迫る異変
リリアはアンナから休みをもらっていた。
朝から久しぶりに隊服に袖を通す。
懐かしい感触だった。
そのまま騎士団の訓練場へ向かった。
扉を開けた瞬間――
「お姉ちゃん!」
獣騎士隊の子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「待ってたよー!」
「おはようございます」
リリアは自然と笑みを浮かべる。
「おはようございます。久しぶりですね」
「久しぶりだな。夫人教育はいいのか?」
ノルとジークが声をかける。
「今日は休みをいただいたので、稽古に来ました」
「休みはちゃんと休まないとダメだろ」
ジークが苦笑しながら言う。
「無理するなよ」
その声は、どこか優しかった。
他の団員たちも次々に声をかけてくる。
懐かしい空気。
だが―― 副官の掛け声で、訓練が始まった。
リリアの体力は、明らかに落ちていた。
一歩でも遅れまいと必死に食らいついた。
最後のランニング。
結果は―― 半周遅れ。
限界だった。
「……はぁ、…はぁ…っ」
荒い呼吸のまま、その場に倒れ込む。
ガルムがすぐに駆け寄り、水を差し出した。
「大丈夫?」
「ありがとうございます……」
リリアは起き上がり、水を口にする。
少しずつ呼吸を整える。
――その後は、訓練を見守る側に回った。
獣騎士隊の動きは、以前よりもさらに洗練されていた。
そんな中。
ガルムの動きが、突然止まった。
「……っ」
異変。
リリアはすぐに駆け寄り、その手を握った。
――映像が流れ込む。
町並み。
人々の悲鳴。
目が赤く染まった魔物。
暴走。
応戦する騎士団。
だが―― 次々と倒れていく。
――途切れた。
「……はぁ……っ」
呼吸が乱れる。
「大丈夫か!」
ジークが支える。
「急いで……町に……魔物が……来ます……」
必死に言葉を絞り出す。
ノルがすぐに副官へ伝達する。
一瞬で、場の空気が変わった。
討伐準備。
先発隊が即座に編成される。
獣騎士隊と数名の騎士団員が出発した。
現地では、すでに被害は出ていた。
「行くぞー!」
ラオが先陣をきり、斬り込んだ。
魔物が噛みつくがびくともしない。
身体強化。
その隙に、ネアが影から現れ、音もなく斬り上げた。
次々と連携が繋がる。
他の子供たちも必死に応戦した。
ノル、ジーク、騎士団員たちも戦線を支える。
――だが、斬っても、斬っても、湧いてくる。
(数が減らない……)
リリアは周囲を見渡した。
(……違う)
原因がある。
視線の先の町の奥。
「あれは……」
リリアは即座に声を上げた。
「敵は奥の魔術師です。私が相手します」
「援護する」
ジークが応じる。
リリアは剣を構え、魔力を流し込む。
瞳が、淡く紫に染まり―― 踏み込んだ。
魔術師が防御を展開する。
それと同時に、周囲の魔物へ魔力を流していた。
(やっぱり……!)
リリアは息を整え、言葉を紡ぐ。
「――止まりなさい」
静かに、だが確かに共鳴の力だった。
その瞬間、暴走していた魔物たちが、一斉に動きを止めた。
「今だ!」
リリアの魔力を受けた獣騎士隊が、明らかに強化され、一気に殲滅に移る。
戦況が変わった。
しかし、魔術師の放った一撃が、ラビィへ向かった。
「危ない!」
リリアは咄嗟に飛び込み、ラビィを抱きしめた。
――その瞬間。
身体が浮き、後ろから誰かに抱き上げられる。
リリアは振り返り、見上げた。
「ロクス…さん……」
ロクスが静かに着地する。
その背後では、魔術師はすでに抑え込まれていた。
ゼノとオスカーが取り押さえ血を流していた。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます」
リリアはロクスに礼を言い、ラビィを見る。
「平気?」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「……よかった」
リリアは安堵した。
「リリア!」
指示を飛ばし終え、一直線にラルフが駆け寄った。
「ラル……フ……」
名前を呼んだ瞬間。
――違和感。
胸を押さえ、崩れ落ちる。
「どうした!具合が悪いのか」
ラルフが支えた。
呼吸が乱れる。
魔力が――揺れていた。
サーヴィルが駆け寄り、一目で状況を把握した。
「魔力暴走の兆候です。急いでどこか室内へ!」
即断。
オスカーがすぐに動く。
近くの宿を押さえ、最も広い部屋を確保。
ラルフがリリアを抱き上げ、そのまま運び込んだ。
室内に入り、ベッドへ寝かせる。
サーヴィルはすぐに指示を飛ばした。
「水を数本持ってきてください」
オスカーが机に並べる。
「お二人とも、それを一本ずつ飲み干してください」
「……水を?」
オスカーが戸惑う。
ラルフも眉を寄せた。
「時間がありません。早く!」
迷う暇はなかった。
二人は即座に飲み干した。
サーヴィルは短く息を整える。
「よく聞いてください」
静かだが、鋭い声。
「これから私の魔力で、彼女の魔力を馴染ませます」
「ただし、バルト団長のようにはいきません」
視線が二人を射抜く。
「他種同士になります。激しい痛み、あるいは強い快楽が伴う可能性があります」
空気が張り詰める。
「お二人には、手足を押さえていただきます。何があっても、私が指示するまで離さないでください」
「分かった」
ラルフが答え、オスカーも頷いた。
――始まる。
限界の先の処置が。




