揺れる答え
ラルフは執務室へ戻り、椅子に腰を下ろした。
サーヴィルの話は理解している。
――理解はしている。
思い返せば、リリアはオスカーにも確かに愛情を向けていた。
最初は、オスカーの片想いだった。
それも分かっていた。
(横から奪ったのは、俺か……)
ふと、そんな考えがよぎる。
(あいつが、どれだけリリアを見てきたかも分かっている)
長い時間、近くで支えてきたのは、間違いなくオスカーだ。
それでも――
(渡すつもりはない)
リリアを他の男と共有するなど。
そんな考えは、どうしても受け入れられなかった。
それから数日。
ラルフは仕事に没頭し、私室には戻らなかった。
考える時間を作らないように。
余計なことを考えないように。
そして、久しぶりに姿を見せたかと思えば。
「ルーヴェル王国へ行ってくる」
それだけをリリアに告げて、オスカーを伴いサーヴィルたちと共に出発した。
リリアは、どうしていいか分からなかった。
ただ、立ち尽くすしかできなかった。
(……どうして、こんなことに……)
胸の奥が、じわりと痛んだ。
ラルフが離れていく。
その理由が、自分にあると分かっているから。
(ラルフが好きなのは、変わらないのに)
(どうして……オスカーのことも……)
それでも―― 否定できなかった。
優しさも、支えてくれた時間も全部、知っているから。
(……どうしたらいいの……)
答えが出ないまま、時間だけが過ぎていく。
その様子を、アンナは静かに見ていた。
――そして、動いた。
夜。
寝支度を終え、一人でソファーに座った。
暖炉の火を、ただ見つめていた。
コンコン、と扉が鳴った。
リリアは立ち上がり、扉を開けた。
「お兄様……」
そこに立っていたのは、クラウスだった。
「少しいいか」
「はい」
部屋へ招き入れ、暖炉の前へ案内する。
「元気がないな。どうした」
クラウスはラルフから聞いて知っていた。
それでも知らないふりをして聞いた。
リリアは俯いたまま、ゆっくりと話し始めた。
自分の気持ち。
オスカーの身体のこと。
サーヴィルの言葉。
ラルフとの距離。
言葉にするたび、胸が締め付けられる。
それでも―― 止まらなかった。
全部、吐き出すように。
――話し終えた時。
ぽたり、と涙が落ちた。
「こんな自分、嫌いです……」
声が震える。
「誰も……幸せになれない」
クラウスは何も言わず、リリアを抱き寄せた。
背を、ゆっくり撫でる。
拒まない。
否定もしない。
ただ、受け止めた。
しばらくして。
呼吸が落ち着いたのを見て、口を開いた。
「なんでダメなんだ?」
「え……?」
リリアが顔を上げる。
「獣人の血が入ってるからなんだろ」
当然のように言う。
「なら、それはお前の一部だ」
否定するものじゃない。
そう言い切る。
リリアは言葉を失った。
「それを受け入れずに婚約破棄するなら、それだけの男だったってことだ」
クラウスは淡々と続ける。
「諦めろ」
冷たい言葉。
だが、突き放してはいない。
現実を、そのまま置いただけだった。
リリアは俯いたまま動けない。
「それでも諦められないなら」
少しだけ、声が柔らぐ。
「閉じ込めでもして、気が済むまで話し合え」
「……っ」
「逃げてるままじゃ、何も変わらない。一人で悩んだって、答えなんて出るわけないだろ」
「……はい」
優しく、頭を撫でる。
「もう寝ろ。眠るまで側にいてやる」
そう言って、リリアを抱き上げ、寝室へ運ぶ。
ベッドに寝かせ、そのまま隣に腰を下ろした。
ゆっくりと頭を撫でる。
リリアは安心したのか、すぐに眠りに落ちた。
静かな寝息。
クラウスは手を止め、その顔を見つめる。
そっと額に口づけた。
「無理するな」
小さく呟く。
そして静かに部屋を出た。
その頃。
ラルフたちはルーヴェル王国へ到着し、王と謁見していた。
同盟は無事に締結された。
正式な発表は、十日後と決まった。
王宮内の客間。
扉が閉まり、ようやく静けさが戻る。
ラルフは大きく息を吐いた。
「疲れたな」
ぽつりと零した。
「珍しいですね。団長が言葉に出すなんて」
オスカーがわずかに笑う。
「……確かにな」
短く返し、沈黙が落ちる。
重い空気。
やがて、ラルフが口を開いた。
「お前は決めたか」
「団長は……受け入れられるんですか」
問い返す。
リリアのことだった。
ラルフは視線を落とし、一瞬だけ、迷いがよぎる。
「俺は……」
言葉を選ぶ。
「二人とも失いたくはない」
その言葉のあと、わずかな間が空いた。
まるで、自分に言い聞かせるように。
「俺との関係知った時、キレたじゃないですか」
「当たり前だろ」
ラルフは間を置かずに返した。
「でもリリアが望むなら仕方ないだろ……」
少しだけ息を吐く。
そして視線を向けた。
「それにお前なら、我慢してやる」
オスカーがわずかに目を細める。
「雑ですね、理由が」
「今さらだろ。昔から散々甘えられてきたしな」
「それ今言います?」
オスカーが苦く笑った。
「全部付き合ってやってたのは誰だ」
オスカーは何も言えず、目を逸らす。
ラルフは小さく息を吐いた。
「今さらお前との関係も変わらないだろ」
少しの沈黙。
オスカーはゆっくり顔を上げた。
「……いいんですね」
「あとは、リリアが決めることだ」
ラルフはそう言って、オスカーの頭をくしゃりと撫でた。




