交差する想い
「読ませてもらった。条件は悪くない」
ラルフは提案書を閉じた。
「こちらとしても、最大限配慮した結果です」
サーヴィルは静かに応じる。
「では、この内容で進める」
短く決断した。
ラルフの中では、すでに折り合いはついていた。
ふと、サーヴィルが口を開く。
「リリア様はお元気ですか」
「ああ。夕食会に同席させる」
「それは楽しみですね」
サーヴィルたちは、わずかに口元を緩めた。
その後、ラルフは書類を持って王のもとへ報告に向かった。
夕食会。
会場には、王、王妃、ラルフ、リリア、サーヴィルが席に着いていた。
アルトシュタイン王国側には、オスカーを筆頭とした王立騎士団。
ルーヴェル王国側には、ゼノとロクスが護衛として壁際に控えている。
穏やかな空気のまま、食事は進み――無事に終わった。
その後、客間へ移動した。
応接間のソファーに、ラルフとリリア。
向かいにサーヴィル。
その背後にはゼノとロクス。
アルトシュタイン側の護衛はオスカーのみが残され、他の騎士団員は下がらせた。
「宿舎以来ですね」
サーヴィルがリリアへ声をかける。
「ええ……そうですね」
リリアの表情は、わずかに硬い。
(耳も尻尾もない……)
(言われなければ、人間と変わらない……)
サーヴィルは小さく笑った。
「分かりにくいですか?」
その言葉とともに―― 蛇の尾が現れた。
続いて、ゼノとロクスへ視線を送る。
ロクスは犬の耳と尾を出した。
「その方が見慣れてますね」
リリアの表情が和らぐ。
かつてお世話になった、見慣れた姿だった。
「我々は、人化が得意な獣人なんです」
そう言って、再び人の姿へ戻る。
「ゼノ」
呼ばれたゼノは、ため息を吐いた。
――次の瞬間。
小さく姿を変え、サーヴィルの膝の上に軽やかに乗った。
「ゼノはラーテルの獣人です」
「かわいい……」
リリアの目が輝く。
ゼノはすぐに飛び降り、人の姿へ戻った。
「もういいだろ」
素っ気ない声。
だが、どこか照れていた。
「ゼノとロクスは戦闘特化ですので、ご注意ください」
「……すごいな」
ラルフとオスカーは素直に感心した。
サーヴィルの視線が、ラルフへ向く。
「先日、魔物の暴走があったと伺いました」
「ああ」
ラルフは静かに答えた。
「対応されたのは、副団長様ですか」
「私が先頭に立ちました」
オスカーが答えた。
「その際、魔力の異常はありませんでしたか?」
静かな問い。
「戦闘後に体調を崩しましたが、彼女に助けてもらいました」
サーヴィルはわずかに思考を巡らせた。
ラルフとオスカーが、互いに視線を交わす。
「何かあるんですか?」
リリアが問う。
サーヴィルはゆっくりと口を開いた。
「やはり―― 副団長様の魔力を完全に消すことは難しいでしょう」
オスカーの表情が固まる。
「人間の身体は、本来魔力を持ちません。外から取り込んだ魔力は、通常であれば増大し、やがて身体を蝕みます」
一度、言葉を区切る。
「ですが、あなたは違う」
視線が、リリアへ向いた。
「リリア様と関係を持ったことはありませんか」
一瞬、空気が止まる。
オスカーとリリアが目を合わせた。
言葉が出ない。
その沈黙を、ラルフが破った。
「ああ。それがどうした」
サーヴィルの目がわずかに見開かれる。
(……知っているのか)
すぐに表情を戻した。
「そのおかげで、副団長様は抑えられているのです」
静かに、確信を持って告げる。
「以前も申し上げましたが、人間の身体には魔力を排除する器官がありません。そのため、馴染ませることも本来は困難なんです。
ですが、リリア様の“調和の魔力”を取り込んだことで、現在の状態が保たれていると考えられます」
沈黙。
ラルフが口を開く。
「今後も同じように馴染ませれば問題ないのではないか」
サーヴィルは首を横に振った。
「一時的な安定に過ぎません。
より強い魔力に触れた際、耐えきれなくなる可能性があります」
オスカーは視線を落とした。
「……それは、仕方ありませんね」
小さく呟く。
ラルフとリリアが同時に視線を向けた。
「これ以上、お二人に迷惑はかけられません」
その意思は、揺るがない。
サーヴィルは静かに息を吐き、リリアを見た。
「リリア様。
団長様以外の男性に、惹かれることはありませんか」
唐突な問い。
リリアは戸惑いながらも考える。
ラルフが最も大切なのは変わらない。
だが―― オスカーの存在がよぎった。
サーヴィルは察して、静かに頷いた。
「それは自然なことです。我々は獣の血を引いています。本能として、種の存続のためにより強い個体に惹かれるんです。そのため我が国では、一妻多夫も認められています」
三人の表情が固まる。
「それは……」
リリアは言葉を失った。
ラルフは静かに息を吐いた。
「理解はした。結論は我々で出す」
「承知しました」
サーヴィルは立ち上がり、一礼する。
ゼノとロクスもそれに続いた。
ラルフたちは部屋を後にした。
廊下でリリアが口を開く。
「あの……ラルフ……」
「悪い。まだ仕事が残っている」
言葉を遮るように、去っていった。
残された空気。
オスカーはいたたまれない空気に視線を落とす。
「……私も戻ります」
リリアは小さく笑った。
「副団長も、お見送りは大丈夫です」
そう言って、そのまま離れていく。
(……副団長、か)
胸の奥で、わずかに引っかかる。
だが、何も言わない。
オスカーは静かにため息を吐いて、仕事へ戻った。




