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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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揺らぎと来訪

アルトシュタイン王国城下。


ある小さな村で、魔物被害が増加していた。


魔物たちの瞳は赤く染まり、通常時よりも凶暴化している。


被害は拡大の一途を辿っていた。


対応にあたった獣騎士隊と、オスカー率いる騎士団の報告によれば―― 例の薬によるものと見て間違いない。



ラルフは執務室で報告を受けていた。


「お前は大丈夫か」


視線が向けられる。


「ええ。なんとか」


そう答えたものの、胸の奥にざわつきが残っていた。


(やはり完全には消えていないのか……)


魔力の残滓。


魔物の影響か。



「今日はもう休め。顔色が悪い」


「ありがとうございます」





オスカーは宿舎の私室へ戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。


身体が重い。


思考も鈍る。


目を閉じると、意識が沈みそうになる。





一方その頃。


リリアは騎士団の救護室で、獣人の子供たちとともに対応にあたっていた。


ラビィとガルムが近づいてくる。


「お姉ちゃん」


「副団長さん、魔力馴染ませてあげた方がいいかも」


「今日、かなり辛そうだったよ」


「魔物の魔力に当てられたんだと思う」



その言葉に、リリアはすぐに動いた。



オスカーの執務室へ向かう途中―― ラルフと出会う。


「リリア! ちょうどよかった」


「どうしたんですか」


「オスカーの様子が気になってな。お前に頼みに行こうとしていたところだ」


「私も子供たちから聞いて向かっているところです」


「休むようには言ってある。今は宿舎だろう」


「わかりました。行ってきます」


「頼む。俺はこれから会議だ」


ラルフはそう言うと、軽くリリアに口づけた。



「頑張ってください」


微笑んで別れた。





リリアはオスカーの私室の前に立ち、扉をノックした。


返事はない。



だが―― 扉越しにも、嫌な気配が伝わってくる。



リリアはゆっくりと扉を開けた。


すると、オスカーはベッドに倒れ込んでいた。



呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。


「オスカー!」


すぐに駆け寄り、手を取って魔力を馴染ませる。


オスカーはうっすらと目を開けた。


「……リリア」



「どうですか」



「……楽になった。ありがとう」



微かに笑う。


だが―― リリアの目には、まだ胸に残る淀みが見えていた。


完全には消えていない。


「少し寝れば良くなる」


そう言いながら襟元を緩め、息を整えるように深く息を吐いた。


(どうしたら……)



リリアは考えた。


ふと、ラルフの言葉を思い出した。


(接触面を増やす……)



目の前のオスカーは、まだ辛そうだった。


(……時間がない……これが一番早い)



リリアはベッドに上がり、そっと口づけた。



オスカーは一瞬驚いたが、拒まない。


流れ込んでくる魔力。


心地よさに、身体の力が抜ける。


舌が触れる。


「……んっ……」


小さく、リリアの声が漏れる。


身体の重だるさが、ゆっくりと引いていく。


「もう大丈夫そうだ」


唇を離し、静かに告げた。


「よかった」


リリアは薄紫の瞳で微笑んだ。


離れようとした、その瞬間。



オスカーの手が、リリアを引き寄せた。


視線が絡む。


「瞳、綺麗だな……」


オスカーは目を見つめた。


「あと少しだけ、いいか」


言い終わる前に、再び口づけた。


今度は優しく深く。


「……ん……っ……」


リリアの力が抜けていく。


(……上手すぎる)


思考が揺れる。


オスカーは満足したように、唇を離した。


頬に触れていた手が、耳へと滑る。


「……っ」


身体がびくりと震える。


オスカーは、わずかに口元を緩めた。


「そんな顔してたら、襲われるぞ」


意地悪な声。


「オスカーのせいです」


リリアは顔を伏せた。


その姿に、空気が緩む。


――いつものオスカーだった。





その頃。


ラルフは会議の最中だった。


「被害は増大の一途を辿っております」


「我が国には対処できる薬がない」


「急ぎ同盟を結ぶべきかと」


意見が飛び交う。


「他国の薬など信用できるのか」


「人体への影響はどうなる」


慎重論も多い。


議論はまとまらない。




その時だった。


「――報告いたします」


王の補佐官の声で場の空気が変わった。


「ルーヴェル王国より、特命大使が到着しております」


ざわめきが走る。


王はわずかに眉を寄せた。


「特命大使か」


同盟案が未決の中での来訪。


偶然とは思えなかった。


「通せ」


扉が開く。



三人の男が入室する。


先頭の男の無駄のない所作に、纏う空気が明らかに異質だった。


後ろに控える二人も隙がない。


中央で立ち止まり、一礼した。


「ルーヴェル王国 獣騎士団副長、ならびに特命大使――サーシェル・ヴァルシスと申します」


静かでよく通る声。



王は玉座から視線を向けた。


「遠路ご苦労だった」


短く告げる。


「此度は、同盟に関する提案書を持参いたしました」


揺らぎのない声。


王はわずかに頷いた。


「詳細は別室で聞こう」


視線がラルフへ向く。


「騎士団長」


ラルフが前へ出て跪く。


「本件はお前に任せる」


「承知いたしました」


立ち上がり、サーシェルと視線が交わる。


「こちらへ」





――客間の扉が閉まり、空気がわずかに変わった。


サーシェルが一歩距離を詰めた。


「お久しぶりでございます。随分と無理をされているようですね」


その瞳は、すでに見抜いていた。


ラルフは視線を逸らさない。


「……そう見えるか」


静かに返す。


その背後で、ゼノが無言で立っていた。



ロクスは一歩引き、場を整える。


「まずは提案書をご覧ください」


穏やかな誘導。


だが主導権は、まだ動かない。



ラルフは一歩踏み込む。


「話を聞こう」



――新たな交渉が、静かに動き出した。

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