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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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一人で立つということ

リリアは頑張って足に力を入れた。


震えは残っている。


それでも、立つ。


何事もなかったかのように、三人を部屋の出口まで見送った。


最後まで、笑顔を崩さずに。


扉が閉まる。



足音が遠ざかるのを、じっと待った。


完全に気配が消えたのを確認して――


リリアは浴室へ駆け込んだ。



「……っ」


抑えきれず、すぐにしゃがみ込む。


吐き気が込み上げる。


そのまま、堪えきれなかった。


久しぶりに口にしたまともな食事を、身体が受け付けなかった。



しばらくして落ち着くと、静かに後処理を済ませた。


何もなかったように、そのまま浴室を出る。



暖炉の前へ向かった。


ソファーの足元に座り込み、膝を抱える。


(……私のせいだ)


頭の中で、はっきりとそう思った。


身体が辛くても、ああいう態度を取れば空気が変わる。


ぎくしゃくする。


それは、分かっていたはずなのに。


ラルフは、全部分かった上で抱いてくれた。


オスカーも、アンナも、心配してくれていた。


(それなのに……)


ぎゅっと膝を抱く力が強くなる。


(あんな態度、取るべきじゃなかった)


必死に力を入れれば、立てる。


足の震えだって、止められるはずだ。


(……甘えてるだけだ)


そう思った。


そう思うしかなかった。


(もう、私だけの都合で倒れたりしちゃだめだ)


ゆっくりと息を吐く。


(甘えてばかりだった)


今まで、支えられて当たり前のようにいた。


誰かが助けてくれることに、慣れてしまっていた。


(それじゃ、だめだ)


もう、同じことは繰り返さない。


(迷惑かけたくない)


その気持ちだけが、強く残る。



リリアは膝を抱えた。


今だけは体調が落ち着くのをじっと耐えた。




翌朝。


リリアは、アンナが起こしに来る前に目を覚ました。


身体はまだ重い。


けれど、起き上がることはできた。


隣には、もうラルフはいない。


早朝には部屋を出ている。


昨夜のことを思い出す。


戻ってきたラルフは優しかった。


ただ、優しく頭を撫でて――


「ごめんな。無理しなくていい」


その言葉が、胸に残っている。


リリアは静かに息を吐いた。




この日を境に、リリアは人前で弱みを見せなくなった。



どんな時も、笑顔で。

崩れそうな時も、隠す。


公爵夫人としては、完璧だった。


誰にも隙を見せない。


けれど――


本当の自分が、どれだけ脆いかは分かっている。


だからこそ。


ラルフやオスカーが手を差し伸べても、掴むことはなくなった。


掴めば、崩れてしまいそうだったから。





「今日で授業はおしまいになります。お疲れ様でした」


アンナが一礼する。


「アンナ。毎日ありがとうございました。明日からは側近としてよろしくお願いします」


リリアは、いつものように微笑んだ。


完璧な笑顔。


何も問題がないように。


「少し散歩してきます。すぐに帰ってくるので、一人で大丈夫です」


そう言って、部屋を出る。


止められないように。


自然な足取りで。




向かったのは、王宮庭園の端。


人目の届きにくい場所にある木陰。



そこに静かに腰を下ろす。


ここからは、騎士団の訓練場が見える。


距離があって、こちらは影になっていて見えにくい。


偶然見つけた場所だった。


それからは、ここがリリアのお気に入りになった。


懐かしい顔が見える。


剣を振るう姿。


遠いのに、近く感じる。


(……大丈夫)


そう思う。


強くあろうとする。



けれど――



一筋、涙が落ちた。



気づかないふりをすることもできなかった。


リリアはそのまま、ドレスごと膝を抱え、顔を伏せた。


誰にも見られないように。



――その時だった。


頭の中に、声が響いた。


『お姉ちゃん……大丈夫?』


はっとして顔を上げる。


「リッカ……」


聞き慣れた声。


獣騎士隊の子供たち。


『みんな心配してるよ。特にガルムが』



きっと、視ていたのだろう。


今の自分の様子を。



「……やっぱり、隠せないね」


小さく笑う。


さっきまでとは違う、少しだけ柔らかい表情。


『無理してるでしょ』


遠慮のない言葉でも、優しかった。


リリアは少しだけ目を細めた。


「うん……ちょっとだけね」


正直に、答える。



ここでは、隠さない。


隠せない。


「でもね、私が乗り越えないといけない壁だから」


声は、はっきりしていた。



『……そっか』


リッカの声が少しだけ落ち着く。


『でもさ、倒れる前に言ってよ?』


その言葉に、リリアは少しだけ目を見開いた。


そして――ふっと笑った。


「うん」


小さく頷く。


完全に強くなれたわけじゃない。


でも、少しだけ――支えられた。


涙は、もう止まっていた。


リリアは空を見上げた。


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


(……もう少しだけ、頑張ろう)


そう思えた。



それだけで、十分だった。

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