表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/137

求めた代償

ラルフは早朝から執務室にいた。


机の上には書類が山積みになっている。


だが―― 手は止まらなかった。


久しぶりに、驚くほど仕事が進んでいた。


(悪くないな)


昨日休んだ分を取り戻すどころか、それ以上だった。


ペンを置いたタイミングで、扉がノックされた。


「失礼します」


入ってきたのはオスカーだった。


書類を見て、口元をわずかに緩めた。


「随分はかどってますね」


ラルフは顔も上げずに答える。


「そうだな」


オスカーは少しだけ間を置いた。


「理由、分かりやすいですけど」


ラルフの手が一瞬だけ止まる。


「何の話だ」


淡々と返す。


オスカーは小さく息を吐いた。


「休みは、ちゃんと“休み”にしましたか?」



遠回しな言い方。


だが十分すぎるほど伝わり、ラルフはペンを置いた。


「ああ」


短く返す。


オスカーはじっとラルフを見た。


「それ、本気で言ってます?」


少しだけ低くなる声。


ラルフは答えなかった。


その沈黙で、十分だった。


オスカーはため息をつく。


「やりすぎですよ」


はっきり言った。


「倒れたばかりなの、忘れてませんよね」


ラルフの視線がわずかに動く。


「分かってる」


その言葉に迷いはなかった。


オスカーはそれを見て、苦笑した。


「分かっててそれですか」


半分呆れ、半分諦めた声だった。


「あとで様子見に行きますよ」


そう言って、書類を一つ持って出ていった。




昼過ぎ。


リリアの寝室にはアンナが訪れていた。


扉を開けた瞬間、状況はすぐに分かった。



手付かずの食事。

乱れたベッド。

そして―― 深く眠るリリア。



「やっぱり……」


小さく呟いた。


予想はしていた。


ベッドへ近づいた。


「リリア様」


静かに声をかけた。


リリアの瞼がわずかに動いた。


ゆっくりと目を開ける。


だが―― 焦点が合っていない。


「……アンナ……」


掠れた声。


それだけで、限界だった。


再び、目を閉じる。


そのまま、すぐに眠りに落ちた。


アンナは小さく息を吐いた。


「……本当にもう」


誰に向けた言葉かは、はっきりしている。




夕方。


再び部屋を訪れる。


「リリア様」


声をかける。


今度は、ゆっくりと目が開いた。


だが―― やはり、ぼんやりしている。


「起きられますか?」


問いかけても、反応が鈍い。


焦点も定まらない。


アンナは少しだけ眉を寄せた。


「これは無理ですね」


小さく呟く。


そのまま、部屋を出た。




向かった先は、オスカーの執務室。


扉を叩く。


「失礼します」


事情を簡潔に伝える。


オスカーは一瞬で状況を理解した。


「……やりすぎだ」


ため息混じりに呟く。


すぐに立ち上がる。




寝室へ入った。


リリアの様子を一目見て、状況は明白だった。


「リリア」


少しだけ声を落とした。


リリアの瞼がわずかに動く。


「起きられるか」


ゆっくりと声をかける。


反応は遅い。


だが、意識はある。


「……すみません……」


かすれた声。


オスカーはそれを聞いて、さらに息を吐いた。


「謝るところ、そこじゃないですよ」


苦笑混じり。


アンナがすでに準備していた。


薄手のロングガウンを羽織らせる。


オスカーがそのまま抱き上げた。


軽い。


あまりにも。


「ほんとに……」


小さく呟く。


そのまま浴室へ運び、湯船に入れた。


アンナが丁寧に身体をほぐしていく。


「力抜いてください」


優しく声をかける。


リリアは力なく頷いた。




着替えを済ませ、支えられながら浴室を出る。


だが足に力が入らず、ぐらりと揺れた。


「……っ」


その瞬間、オスカーがすぐに支えた。


「無理しないでください」


そのまま抱き上げ、ベッドへ運ぶ。


ベッドはすでに整えられていた。


アンナは静かにため息を吐いた。


「倒れる前より状態悪くなるって、どういうことですか」


声は静かだが、確実に怒っていた。



リリアは何も言えない。


ただ、視線を落とし謝った。

 

「……すみません」


それしか出てこない。


アンナは少しだけ目を閉じた。


諦め半分。


納得半分。


小さく息を吐き、食事を取りに部屋を出た。




静かな部屋。


オスカーはベッドの傍に腰を下ろした。


「大丈夫か」


責めるというより、心配している声だった。


リリアは答えない。


オスカーはそのまま、軽く髪を整えた。


「少し食べたら寝てもいい」


「……はい」


その時―― 扉が開く音がした。


オスカーの手が一瞬止まる。


ラルフだった。


空気が、わずかに変わる。


「大丈夫か」


ラルフが心配しながら寝室に入ってきた。


オスカーはゆっくりと立ち上がる。


そのままラルフの前に一歩だけ出た。


さりげなく、遮る位置。


「見て分かりません?」


声は落ち着いている。


だが、含んでいるものは軽くない。


ラルフはすぐには答えなかった。


視線は一度、リリアへ向く。


その状態を確認してから、オスカーへ戻る。


「少し無理をさせた」


オスカーはわずかに息を吐いた。


「“少し”ですか」


否定はしない。


ただ、言葉の重さをそのまま返す。


ラルフは何も言わない。


一瞬の沈黙。



張り詰めるほどではない。


だが、互いに引かない距離。



――その空気を、察したのはリリアだった。



「……ラルフ」


かすれた声。


二人の視線が同時に向く。


リリアは、無理に身体を起こそうとしていた。


「起きなくていい」


ラルフがすぐに言う。


震える腕を隠して、身体に力を入れ起きた。


そして、ぎこちなく笑った。


「もう大丈夫です」


はっきりと。


その言葉に、空気が止まる。


オスカーも、ラルフも、動かなかった。


明らかに無理をしている。


それが分かるからこそ、何も言えなかった。



その時―― 扉が開いた。


アンナが戻ってきた。


一瞬だけ、ラルフへ視線を向ける。


だが、何も言わなかった。



そのままリリアの隣へ食事を置いた。


「食べられるだけで――」


言い終わる前に、リリアが被せた。


「お腹空いてたんです。いただきます」


そのまま、無理に手を伸ばす。


ゆっくりではない。


“普通”を装うように。


オスカーの視線がわずかに動く。


止めるべきか、一瞬迷う。


だが――何も言えなかった。



ラルフも同じだった。


ただ、見ている。


リリアはそのまま食べ続けた。


小さく息を吐き食事を終えた。


そして、顔を上げる。


「もう平気なので、お仕事戻ってください」


少しだけ声が揺れる。


「アンナもありがとうございます」


最後まで、崩さない笑顔だった。


その言葉に―― 誰も、すぐには返せなかった。


オスカーは目を伏せ、アンナはわずかに息を止めた。


ラルフは、何も言わない。


ただ――


その“無理をしている笑顔”を見ていた。


それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ