それぞれの役割
オスカーはリリアを抱えたまま、ラルフの私室へ戻った。
扉を開けると、すぐにメイドへ声をかける。
「浴室の準備を」
「かしこまりました」
手際よく動き出す気配。
オスカーはリリアをそっと下ろし、視線を合わせる。
「入れそうか」
「はい」
小さく頷く。
そのままメイドに促され、浴室へ向かった。
「俺はここで待ってます」
背中越しに声をかけると、リリアは振り返らずにもう一度だけ頷いた。
扉が閉まる。
それを確認してから、オスカーは静かに部屋を出た。
――会議室。
重い扉を開け、一礼する。
視線はまっすぐラルフへ。
そのまま近づき、耳元で短く告げる。
必要なことだけ。
余計な言葉はない。
すぐに離れ、再び一礼して部屋を出た。
扉の外で待つこと数分。
ラルフが出てくる。
「何があった」
「ローゼン卿が限界です。少しでも時間をいただければと」
簡潔に。
だが、その中身は重い。
ラルフは一瞬だけ考え込む。
「わかった。でも今すぐには無理だ。それまで任せていいか」
「かしこまりました」
短く頭を下げる。
「手は出すなよ」
低く、釘を刺す声。
「分かってますよ」
オスカーは苦笑した。
――私室に戻ると、ソファーへ腰を下ろした。
静かな部屋。
浴室の水音だけが、かすかに響いていた。
しばらくして、扉が開く。
リリアがメイドに支えられるように出てきた。
髪は軽く整えられているが、顔色は隠せていない。
オスカーはすぐに立ち上がった。
「軽く食べられるものを」
メイドに指示を出し、そのままリリアを隣へ座らせる。
「少しはすっきりしたか」
「……はい」
返事はある。
だが、表情は暗いままだった。
オスカーは何も言わず、腕を回した。
そっと抱き寄せる。
「……」
抵抗はない。
そのまま、リリアの身体が預けられる。
目を閉じる。
今だけ、現実から離れるように。
コンコン、と扉が鳴る。
オスカーは自然に距離を取った。
メイドが軽食を並べ、静かに下がる。
「少しは食べた方がいい」
そう言うと、リリアは小さく頷いた。
スプーンを取り、ほんの数口食べた。
だが――
「……っ」
一瞬、眉が寄る。
手が止まり、すぐに立ち上がった。
そのまま浴室へ。
すぐに分かった。
オスカーも立ち上がる。
扉に近づくと、すでに押さえきれなかった音が聞こえていた。
扉の外にいたメイドに指示をする。
「治癒師を呼べ」
メイドが走って呼びに行く。
戻ると、リリアはすでに力を失っていた。
ベッドへ誘導する。
無理に声はかけない。
ただ、横にならせる。
しばらくして扉が開いた。
「失礼します」
治癒師ルークだった。
無駄なやり取りはない。
すぐに手をかざし、治癒魔法をかける。
淡い光が、リリアを包む。
「数日は安静にしてください」
それだけ告げて、部屋を出ていった。
静寂が戻る。
オスカーはベッドの傍に腰を下ろした。
「もう寝た方がいい」
安心させるように、優しく頭を撫でる。
「副団長……」
かすかな声。
「いつも……ごめんなさい……」
オスカーは、優しい眼差しを向けた。
「いいんですよ。俺が好きでやってることですから」
リリアの顔が暗いままだった。
オスカーは雰囲気を感じ取り、少しだけ顔を寄せた。
「ご希望があれば、泣くまで抱いてさしあげますよ」
耳元で、意地悪に囁く。
「もう寝ます……」
リリアは頬を紅くし、布団を引き上げた。
オスカーはくすっと笑う。
そのまま、頭を撫で続けた。
やがて、静かな寝息が聞こえ始める。
確認してから、そっと立ち上がる。
寝室を出ると――
ちょうどラルフが戻ってきたところだった。
「どうだ」
オスカーは簡潔に報告する。
軽食を少し食べて吐いたこと。
足の怪我。
治癒師を呼んだこと。
身体は戻りつつあるが、心が限界なこと。
そして――今、ようやく眠ったこと。
ラルフは黙って聞いていた。
「悪かったな。助かった」
「いいえ。お二人の為ですから」
オスカーは軽く返す。
少しの沈黙。
「お前は辛くないか」
不意の言葉だった。
オスカーは一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに、口元を緩めた。
「俺は、ラルフとリリアが一番大事なんです。その為なら、俺のことはいいんですよ」
ラルフはその顔をじっと見る。
何も言わないが、すべてを量るように。
嘘はない。
だが――それだけでもないことも分かる。
「また飲むか」
「落ち着いたらでいいですよ」
オスカーは一礼した。
「では、失礼します」
そのまま部屋を出ていく。
ラルフは寝室へ入った。
ベッドに近づくと、眠るリリアの頭をそっと撫でた。
起こさないように手を離し、浴室へ向かう。
短く済ませ、ソファーへ腰を下ろし、酒を一杯だけ口にした。
――貴族達は、あと少し。
会議が通れば、次はルーヴェル王国へ大使として赴くことになるだろう。
やることは山ほどある。
視線が、自然と寝室へ向いた。
ラルフは立ち上がり、リリアの隣へ戻る。
そのまま腰を下ろし、ヘッドボードに寄りかかる。
小さな電気をつけ、書類を開く。
騎士団。
領地。
会議資料。
すべてに目を通す。
隣で眠るリリアを確かめながら。
夜は、まだ終わらなかった。




