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悪女の選択――愛される資格などないはずだった  作者: 音香(Otoca )


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公爵夫人教育

暖炉の火が、ゆらゆらと揺れている。


ソファーに腰掛けたオスカーは、グラスを傾けながら小さく息をついた。


向かいにはラルフ。


「……で、あの件はどうなってる」


低い声。


完全に仕事の顔だった。


オスカーもそれに応じる。


「目星はついてます。ただ、動くにはもう少し準備が必要ですね」


淡々とした会話。


先ほどまでの空気は消え、いつもの二人に戻っていた。



「……はぁ」


オスカーがグラスを置く。


「今日はもう失礼します」



「ああ。また明日」


オスカーは一礼して部屋を出た。



ラルフは寝室に向かった。


リリアは眠っている。


規則正しい寝息。


ラルフはその横に腰を下ろし、そっと身体を引き寄せた。



「……」


腕の中に収まる。


温かく落ち着く。


そのまま目を閉じ眠りについた。



「――リリア様」



静かな声で、ラルフが目を覚ました。



「おはようございます」


整った所作で一礼する。


その声で、リリアもゆっくりと目を覚ました。


「……ん……」


鈍い痛みが頭に残っている。


重たい感覚。


それでも、ゆっくりと身体を起こす。


「おはようございます」


小さく、掠れた声で返す。


アンナは一瞬だけリリアを見て、状態を把握したように目を細め、視線だけで問う。



「ラルフ様、お伝えしていなかったのですか」


ラルフは一瞬言葉を止めた。


「……」


沈黙。



アンナは小さく息を吐く。


「本日より、予定通りお時間をいただきます」


リリアへ向き直る。


「公爵夫人としてのマナー、社交、立ち振る舞いの教育を開始いたします」


はっきりとした声。


逃げ道はない。


だが、押しつけでもない。



リリアは一瞬だけ視線を落とした。


知らなかった。


でも――


「はい……」


短く答える。


それ以上、言葉は出なかった。



本当は頭が痛いし、少し気持ちも悪い。


それでも、表には出さない。


出してはいけないと分かっていた。



アンナはその様子を見て、静かに頷いた。


「体調が優れない場合は、遠慮なくおっしゃってください。ですが本日は基礎から行います」


リリアは小さく頷く。


「大丈夫です」


アンナはそれ以上言わず、一礼した。


「朝食後に開始いたします」


そのまま、部屋を出ていき、扉が閉まる。


リリアは視線を落とした。


「……着替えなくちゃ」


ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟く。



ラルフがすぐに返す。


「悪かったな」


短く、揺らがない声。


リリアは首を横に振る。


何かを言おうとして―― 止めて、飲み込んだ。


それ以上は言わない。


ラルフはそれを見ていたが、追及しない。



「朝食を用意させる」


そう言って立ち上がる。


リリアは頷くだけだった。



朝食はスープを一口飲むのが限界だった。


その後、アンナが再び部屋に入る。


今度は書類を持っていた。


「では、始めましょう」


迷いのない声。


リリアは椅子に座る。


自然と背筋を伸ばした。


「まずは姿勢からです」


アンナが後ろに回る。


肩に軽く触れ、位置を整える。


「力を抜いてください」


「……はい」


「顎を少し引いて」


「はい」


無駄がない的確な指示。


「公爵夫人は、常に見られています」


アンナの声は静かだった。


「立ち方一つで、評価が変わります」


リリアは黙って聞く。


「ですので、何もしていない時ほど意識してください」


言葉が、重く落ちる。


リリアの指先がわずかに強ばる。


だが、表情は崩さない。


アンナは気づいても何も言わない。


ただ次へ進む。


「次は歩き方です」


淡々と続く指導。


厳しい。


けれど、必要なことだった。


リリアは一つ一つ、確かめるように動く。



頭痛や吐き気は残っている。


それでも作法の授業に付いていく。


ラルフは少し離れた位置で、その様子を見守っていた。


静かに部屋を出る。


その背を、リリアは一度も見なかった。


ラルフはそのまま、仕事へ向かった。

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