第9話:鉄の掟と静かなる熱
教官の号令と共に、訓練場のあちこちで模擬戦が始まった。
対戦表を見渡した生徒たちの間に、自然と納得したような空気が流れる。基本的には男女のペアで構成されているようだった。
さっそく、澪と冴の第一回戦が呼び出される。
中央のスペースへ向かいながら、澪は相手ペアの武装を観察した。男子生徒は扱いづらい長槍、女子生徒は片手剣を手に構えている。
「僕が男子生徒の相手をするよ。深月さんは——」
冴が気遣うように声をかけてきたが、澪はその言葉を制して短く告げた。
「待って。私に男子生徒の方を任せてもらえない?」
「……何か考えがあるんだね。分かった」
冴は深く追及することなく、爽やかに頷いて了解してくれた。
「戦闘開始!」
教官の怒声と共に、相手の女子生徒が一直線にこちらへ突進してくる。
冴が即座に前に躍り出て、剣と剣が激しい金属音を響かせた。次の瞬間、女子生徒の背後から男子生徒が巨大な長槍を振り下ろそうと肉迫する。
澪は一瞬の迷いもなく、男子生徒の懐へと鋭く潜り込んだ。
(っ……間合いが近い!)
危険を察知した男子生徒は、振り下ろそうとした槍を引きながら咄嗟に後ろへ跳躍して距離を取る。
激しい攻防が繰り広げられる中、相手の男子生徒は再度の間合いをとろうと、再び大きくバックステップを踏んだ。
だがその瞬間、後ろで戦っていたペアの女子生徒と背中が衝突し、二人の体勢がわずかに崩れる。
その一瞬の隙を、冴は見逃さなかった。
風のように間合いを詰めた冴は、女子生徒が構える剣の手元へ向けて鮮やかな蹴りを叩き込む。衝撃で手元が浮き、二人の武器がわずかに宙へ流れた。
(今——!)
澪は握っていた二本の短剣を同時に抜き放つと、寸分の狂いもなく投擲した。
ガキィィンッ——!!
空中を鋭く切り裂いた短剣が、寸分違わず相手二人の武器の柄を撃ち抜き、その手から完全に弾き飛ばした。
「そこまで!」
教官の声が響き渡ると同時に、周囲で見守っていた生徒たちから一斉に盛大な拍手が巻き起こった。
◇
「次のペア、位置につけ!」
続いて名前を呼ばれて中央へ出てきたのは、炤と刹那のペアだった。
炤は扱い慣れた短剣を手に持ち、刹那は弓矢を構えている。対する相手ペアは、二名とも扱いやすい剣を選択していた。
「開始!」
戦いが始まると、炤が前衛として剣を交え、刹那が後方の射手として援護する陣形をとった。数分間、一進一退の攻防が続く。
男子生徒の激しい斬撃を短剣で受け流す炤。その横で、女子生徒は刹那の放つ矢に当たらないよう必死に回避を繰り返していた。
だが、刹那は弓を構えながらも、着実に相手との距離を詰めていたのだ。
炤が短剣を一閃させ、男子生徒との間に一瞬の隙間ができた——その刹那。
炤は一転して女子生徒へ向けて踏み込み、後方にいたはずの刹那は、なんと矢を弓から外し、その手で直接握りしめて男子生徒の懐へ飛び込んだ!
「そこまで!」
教官の静止の声。
そこに広がっていた光景に、周囲の生徒たちは言葉を失い、ただ唖然と息をのんだ。
男子生徒の喉元に、直接握りしめた鋭利な矢先を突きつけている刹那。
そして、相手の女子生徒から剣を奪い取り、右手に長剣を、左手には短剣を握りしめて悠然と立つ炤の姿があった。
「せ、先生……! これはあまりにも狡猾すぎませんか!?」
首元に矢を突きつけられた男子生徒が、納得のいかない様子で声を荒らげる。
「何がだ。言ってみろ」
「矢は……弓で飛ばすものでしょう!? こんな剣みたいな使い方、許されるわけが……!」
「甘ったれるな!」
教官の怒声が、訓練場全体を震わせた。
「戦場では、自分が持っているもの全てが武器だ! 使い方など大した問題ではない! 戦いに優しさや正しさ、ましてや礼儀など求めるな!!」
教官の容赦ない言葉が突き刺さり、訓練場の空気は一瞬にして鉛のように重く沈み込んだ。
生半可な『学校気分』を叩き潰された生徒たちは誰も言葉を発することができず、その後の模擬戦は、ただ静寂と緊張感の中で消化されていった。
◇
戦いの本質を見せつけられた、忘れられない一日が終わる。
夕暮れの教室で、澪は鞄を抱えながら窓の外を見つめていた。
手に残る短剣の感触と、教官の言葉。この街で生きていくことの厳しさを痛感しながらも、澪の心はどこか不思議な落ち着きを取り戻していた。
(……戦いと、日常)
背中を丸めて帰路につく生徒たちの中で、ふと前に見えた背中。
泥臭く勝利をもぎ取ったくせに、相変わらず無頓着な様子で自転車を押す炤の姿があった。
厳しすぎる現実のすぐ隣に、確かに存在する温かい日常。
(……金曜日)
胸の奥で、小さくその言葉を呟く。
数日後に迫った『春の舞踏会』。中央絶対都市アリストテレス、無為城エーテル・レイラインで開かれる華やかな宴。
この殺伐とした訓練場の空気から遠く離れた、仮面とドレスの舞踏会で、自分たちはどんな時間を過ごすのだろうか。
澪は夕闇の交差点へと静かに足を踏み出した。
(第9話・了)




