第6話:夕暮れの分かれ道
「……どうしたんだお前、そんな息切らして?」
首に下げたヘッドホンから微かに音楽のシャカシャカという音が漏れる中、炤はポカンとした顔でこちらを見つめていた。
澪は深く、深く息を吸い込み、乱れた呼吸を整えるようにゆっくりと吐き出した。冷や汗を指先で拭い、表情を作って問い返す。
「……びっくりしたじゃん。赤霧くんこそ、難しい顔をしてどうしたの?」
あからさまな話題逸らし。
それに気づいたであろう炤は、特に深く追及することもなく、「はぁ」と小さく息を吐いた。そして、持っていたスマホの画面をこちらに向けて見せてくる。
「あぁ……スマホ、さっき落として画面割れたんだよ」
「うわぁ……酷い、バキバキじゃないの」
差し出された画面は、見事に蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。
「まあ、ちょうど買い換える予定だったから良いんだけどさ。週末まではこれでお預けだな」
参ったな、と笑いながらため息をつく炤。
戦闘直後の警戒心が嘘のように解けていくのを感じながら、澪はくるくると表情を変える彼の顔から、どうしても目を離せずにいた。
「……そういえば」
炤は画面の割れたスマホをポケットに仕舞い込むと、ふと澪を見下ろした。
「朝もこの近くで会ったよな。ここら辺に住んでるのか?」
「あ……うん。昨日、引っ越してきたばっかりなんだ」
「そうか。あっちか?」
炤が長い指で示したのは、澪が向かおうとしていた下校ルートの先だった。
「うん」
「そっか。俺と一緒だな」
そう短く言うと、炤は自転車のハンドルを握り直し、ゆっくりと歩き出した。
「え……」と一瞬固まった澪だったが、彼の背中を追いかけるように、自然と一歩遅れて歩幅を合わせる。
夕闇に包まれ始めた花道公園の脇道を、二人で静かに歩く。
先ほどまでイバラと水の刃が交錯していた場所だとは、到底思えないほど穏やかな時間が流れていた。
カラカラと鳴る自転車の金属音。
夕風にふわりと揺れる、炤の少し長めの髪。
少し前を歩く彼の側影に、澪は言葉を忘れて見惚れていた。
やがて公園の敷地が途切れ、住宅街へと続く分かれ道に出る。
炤は自転車を止め、振り返った。
「俺、こっちだけど。深月は?」
「私は……こっち」
炤が指さした方向とは反対の通りを、澪は指し示す。
「そっか。じゃあまたな。……気をつけて帰れよ」
「うん。ありがとう、赤霧くんも」
澪は、立ち止まったまま、歩き出した炤にお互いに小さく手を振り合う。
それぞれの通りへと歩き出し、振り返ると、彼の背中はすっかり夕闇の中に溶け込んでいた。
胸の奥に残る温かい何かを感じながら、澪は自分の家へと足を進めた。
(第6話・了)




