第5話:夕闇の交錯
「へぇ……僕に気づいてたの?」
街灯の光が届かない樹木の影から、軽やかな足取りで一人の少年が姿を現す。
不敵な笑みを浮かべ、こちらを見下ろす謎の刺客。その周囲には、生き物のように蠢く漆黒のイバラが巻きついていた。
澪は静かに振り返り、前髪の奥にある冷然とした眼光で少年を見据えた。
「……何か用?」
「お喋りは嫌いなのかな? 僕、ずっと君とお話ししたいと思ってたんだ」
「話がしたいようには見えないけれど?」
後ろの樹木に深く突き刺さったイバラの矢を視線だけで示せば、少年はチッと短く舌打ちをし、ニヤリと口角を上げた。
「……まあいいや、本題に入ろう。君が、僕の探してる人かもしれないんだ」
「探してる人……? 何を言ってるの。今日、初めて会ったばかりでしょう」
冷ややかに言い放ちながらも、澪の思考は高速で回転していた。
「それに……この街に引っ越してくる前から、私を嗅ぎ回っていたわよね?」
「そうさ。よくわかったね」
少年は手を叩いて楽しそうに嗤う。
「まあ、そんなに警戒しないでよ。——君が本当に僕の探してる人か、確かめさせてもらうだけだからっ!」
言い終わるより早く、少年の腕から放たれた数本のイバラが、蛇のようにしなりながら澪を襲う!
澪は即座に後ろへ跳躍。公園の低い柵の上に軽々と着地した。
間髪入れずに追撃のイバラが視界を埋め尽くす。
澪は空中へ身体を躍らせ、幾重もの攻撃を紙一重で回避。次の瞬間、宙で手のひらを一閃させた。
薄暗い空気の中から一瞬で精製された水の刃が、迫るイバラを鮮やかに切断する。
弾け飛ぶ水滴と、切断されたイバラの残骸。
地面へ静かに着地した澪を見つめ、少年は満足そうに目を細めた。
「……やっぱり、水使いなんだ」
「……だから何だっていうの?」
「ますます君とお話ししたくなったよ。——僕と、来てもらおうか」
少年が嘲笑いを浮かべ、じわじわと澪との距離を詰めてくる。
澪が身構え、手の平から水を精製し始めた——その時。
ガシャン——っ!
公園の曲がり角から、派手な金属音が静寂を切り裂いた。
「……ちっ、タイミングが悪いね」
少年は心底つまらなさそうに吐き捨てると、一歩後退した。
「また会いに来るよ、澪」
名前を呼ばれたことに澪が目を見開いた瞬間には、少年は影の中に溶け込むように姿を消していた。
刺客の残した言葉の意味が分からず、混乱と警戒で息を乱す澪。
その直後、曲がり角から一人の人物が姿を現した。
片手で自転車を押しながら、耳にはヘッドホン。片手で持ったスマホの画面を、難しい顔で見つめている。
赤霧 炤だ。
「え……?」
まさかの人物の登場に、澪は思わず声を漏らした。
曲がり角を抜けた炤は、持っていたスマホをポケットに押し込むと、前を向く。
そして、夕闇の公園で肩を上下させ、必死に息を整えている澪の姿に気づいた。
炤は目を丸くし、ヘッドフォンを首に下げ、ポカンとした顔で言葉を発する。
「……どうしたんだお前、そんな息切らして?」
(第5話・了)




