第3話:学校特別規則
担任の先生が教壇に立ち、出席簿を机にトン、と置いた。入学式が終わり、教室で行われる初めてのホームルーム。前の席からも後ろの席からも、まだお互いを知らないクラスメイトたちの緊張した気配が伝わってくる。
「——よし、全員揃っているな。改めて、入学おめでとう。このクラスの担任の、佐藤だ。まずはこの学校で過ごす上での、大事な規則と年間行事について説明する。手元のプリントを見てくれ」
プリントが前から後ろへと回されてくる。私の元に届いたそれを受け取り、真後ろの席——あの瞳の少年の机に回した。
その瞬間、指先がかすかに触れそうになって、心臓がまた小さく跳ねる。慌てて前を向いた私の背中に、彼の視線が静かに突き刺さるのを感じていた。
「まず、基本的には普通の高校と同じだ。国語も数学も英語もある。だが——」
先生がチョークを手に取り、黒板に大きく二つの文字を書いた。
『魔力』『戦闘』。
現代社会と、大昔から続く魔法の世界が混ざり合って存在するこの世界。
「我が校は全国でも数少ない『戦闘指定校』であり、トップクラスの魔力適性と学力を併せ持つ者しか入れない超難関校だ。ここでは魔力を完全にコントロールし、それを最大限に活かす術を学ぶ。……表向きはな」
先生は少し言葉を切り、教壇に両手をついた。
「はっきり言えば、ここは国の『有事の際の精鋭』を育てる場所でもある。卒業後の進路は防衛局から一般企業、政財界まで自由だが、ここにいる全員が一般人とは違う『ハイスペックな戦える側の人間』であることを自覚しろ。
そのため、通常の体育とは別に『基礎魔力訓練』および『対人戦闘模擬訓練』が週に2回、必須科目として組み込まれている」
教室のあちこちから、おぉ、という小さなどよめきが上がった。
(やっぱり、この学校でもやるんだよね…はぁ…)
私は心の中でため息をつく。
四大元素の後継者である私にとって、魔力を扱うこと自体は呼吸をするのと同じくらい当たり前のこと。けれど、今は自分の正体や特異能力を隠して、地味に過ごさなければならない。
(あんまり目立つような訓練じゃなければいいんだけど。最低限に普通に……)
「それから、最も重要な校則だ」
先生の声が、急に厳格なトーンに変わった。
「学内、および登下校時における『無許可の魔力使用』は、いかなる理由があっても全面禁止とする。無詠唱で小規模な魔法が使える者もいるだろうが、おふざけや私闘、一般人への使用は一発で停学、最悪の場合は退学処分だ。力を持つ者が責任を怠れば、それはただの『兵器』にしかならん。全員、絶対のルールとして記憶に刻んでおけ」
無許可の魔力使用は禁止。
(無詠唱の魔力使用、か……)
私のような王族なら、これくらいのレベルの魔法なら、詠唱なんてしなくても、それこそ指先一つで自由自在に発動できてしまう。
「——説明は以上だ。では、これから一人ずつ、簡単に自己紹介をしてもらう。出席番号1番、朝比奈から」
先生の言葉で、いよいよクラスメイトたちの自己紹介が始まった。
私の出席番号は、後ろから数えた方が早い。
(面倒だな、恥ずかしい……あ、でも、私のすぐ後ろって…?)
順々に席が立ち上がり、短い挨拶が交わされていく。
今朝から続くこの不思議な胸のざわつきだけは、どうしても消えてくれなかった。
「次、深月」
「……はい」
先生に名前を呼ばれ、私は意を決して立ち上がった。
目立たないよう、できるだけ簡潔に。
ペコリと頭を下げ、恥ずかしさから逃げるように素早く席に着いた。
◇
一方その頃——。
「深月」という名前が先生の口から発せられた瞬間、澪の真後ろに座る炤の身体を、**凶暴なまでの「冷たい戦慄」**が駆け抜けていた。
『深月澪です。……よろしくお願いします。』
前で頭を下げ、逃げるように席に戻る彼女の後ろ姿。
その声と姿を目にした瞬間、炤の全身の血が瞬時に凍りついた。
胸の奥で何かが狂おしく軋み、指先が痺れてピクリとも動かない。
空気が歪んだように、彼は息を呑んで固まっていた。
「……次、赤霧」
◇
「……え? あかぎり……?」
先生が次の名前を呼んだ瞬間、私の頭の芯に——ズキッ!!と冷たい痛みが走った。
(えっ!? どうして……またあの頭痛……っ!?)
昨日お店で朱実さんを見た時と同じ、冷たい針で刺されたような一瞬の違和感。
困惑し、思わず頭を押さえそうになった、その時だった。
「……赤霧、炤です」
真後ろから届いた、かすかに掠れた低く静かな声。
——その瞬間。
(……っ!??)
私の全身の神経が一斉に弾け飛んだ。
激しい脈打ちとともに、全身の血液が焦熱のように熱く沸き立つ。
心臓が壊れたような鐘の音を立て、息が上手く吸えない。
ただ名前を聞いただけなのに。彼の声を耳にしただけなのに。
(身体が熱い……っ。なんで……!? ……っ)
自分の身体の異常な熱さと怒涛の動悸に、私は後ろを振り返る余裕なんて全く残されていなかった。
このほんの数秒。
相手がどれほど激しく動揺しているかなど知る由もなく、二人はただ、真反対の嵐のような身体の反応に必死で耐えていた。
(第3 話・了)




