第18話:万華鏡の迷宮と忍び寄る影
昼食を終え、広場にはクラスメイトたちが続々と集まってきていた。最後の班が揃うと、学級委員の二人が中央へと躍り出る。
「これで全員揃ったね! それじゃあ午後の班分けをはじめまーす。午後はくじ引きで行くよ!」
「この袋の中に番号を書いた紙が入ってるから、一人一枚引いて確認してね」
順にくじが配られていく。澪が固く折りたたまれた紙を開くと、そこには『2』の数字が記されていた。
「全員引いたかな? それじゃあ同じ番号同士で集まって! 六人揃い次第、午後スタートね!」
「次は駅前のカラオケに十九時集合だよ。十八時頃に遊園地を出れば間に合うから!」
わっと人波が動き出す中、澪は近くにいた少年に声をかけた。
「西連寺くんは何番だった?」
「あぁ、僕二番だけど……深月さんは?」
「私も二番だよ」
「一緒だね。じゃあ、他のメンバーも探そうか」
西連寺 冴が周囲に声をかけると、吸い寄せられるように二番の紙を持ったメンバーが集まってきた。
「これで揃ったかな」
「ん? あと一人足りないよ?」
「ううん、あそこにいるよ」
冴が指さした先——人ごみの向こうから、くじを見せながらこちらへ歩いてくる人物がいた。赤霧 炤だ。
直視できず、不意に耳奥が熱くなるのを澪は覚える。
(……同じ班、か。……は? 何安心してんのよ、私……!)
自分の心に必死で毒づく澪の姿を、別の班になった夜一と刹那は見逃していなかった。
「なによあの神引きは。グッジョブ!」
「うんうん、グッジョブ! にしてもあの二人、お互い鈍いのか何なのか知らないけど……何か進展ないのかねぇ」
「あれは多分、お互い自分の気持ちにすら自覚がないのよ。はぁ〜……」
心底疲れたように深い溜め息をつく刹那に、夜一は食えない笑みを向けた。
「なぁ、俺たちで『ひと押し』してやらないか? こんな面白い展開、めったにないじゃん?」
「いい案じゃない。……チャラ男にしては」
「誰がチャラ男だ! 『モテ男』と言ってくれ!」
腰に手を当てて威張る夜一に呆れつつも、二人は不敵な笑みを交わし合った。
◇
二番グループのメンバーは、澪、炤、冴の三人に加え、岡本 律、蓮見 ほなみ、宇佐美 奏計六人。
午後の第一目的として、もうすぐ始まる大通りのパレードを鑑賞することになった。
華やかな音楽とともに色鮮やかなフロート(山車)が押し寄せると、観客のテンションは最高潮に達する。
押しかける人波の勢いに押され、澪は体勢を崩しかけた。
「あっ……!」
倒れかけた身体を、背後から伸ばされた強い腕がそっと受け止める。
「……大丈夫か?」
耳元に響く低い声。真後ろにいる炤を振り返ることができず、澪は視線を前に向けたまま答えた。
「うん……ありがとう」
炤はそのまま手を離さず、澪の肩にそっと置いたままパレードを見続けた。触れ合う体温に胸が騒ぎ、パレードの光景が頭に入ってこない。
その時、隣にいた宇佐美が楽しそうに割り込んできた。
「炤くん見て、可愛い! 深月さんはどの子が好き?」
「……俺は別に」
炤は宇佐美が自分の腕に触れようとした瞬間、それをさりげなく払い除けると同時に、澪の肩からも手をそっと離した。
「私は……あのウサギの子が好きかな」
「あ、耳が垂れてる子? 可愛いよね!」
たわいもない会話を交わしながら、澪はそっと背後を振り返った。
だが——そこにはもう、炤の姿はなかった。
◇
パレードが終わり、近くのベンチで休んでいた炤と合流した一行は、目的の『ミラーハウス』へと向かった。
安全上の理由から、中へは一人ずつ間隔を空けて入場する仕組みになっている。
一歩足を踏み入れると、そこは無数の鏡が視界を狂わせる万華鏡の迷宮だった。自分がどこを歩いているのかさえ分からなくなる幻想的な空間。
ふと、目の前の鏡を覗き込んだ瞬間——澪の身体が氷りついた。
鏡の奥に、不敵な笑みを浮かべた『嵐』の姿が映っていたのだ。
「——!?」
即座に振り返るが、背後には誰もいない。左右を見渡しても、周囲の鏡に彼の姿は消えていた。
息を呑む澪の耳元に、どこからともなく静かな声が降り注ぐ。
『考えてくれたかな? この前の話』
「……私は、あなたが探している人じゃないわ」
『それはどうかな。僕はまだ君のことをよく知らないし……嘘をついているのかもしれないじゃないか』
「嘘をついたって、私になんのメリットがあるのよ!?」
取り合わずに先へ進もうとしたが、足がピタリと動かない。見下ろすと、足首に濃緑の『植物の蔓』が巻きついていた。
「くっ……!」
水で練り上げた小さな弾丸を放ち、ツルを弾き飛ばして駆け出す。早くこのハウスを出なければ。嵐から逃げなければ——。
焦りに突き動かされて角を曲がった、その瞬間だった。
床一面から爆発するように巨大な植物とツルが噴出し、澪の身体を一瞬で囚えて宙へと吊り上げた。
「きゃあぁっ!?」
「静かに。……暴れたら、このハウスごと押し潰すよ?」
闇の奥から、姿を現した嵐が静かに歩み寄ってくる。
「なにするのよ……っ! 何が目的なの!?」
拘束されたまま必死に睨みつける澪。
嵐はその至近距離まで顔を近づけると、囚われた彼女の顎を、指先でそっと持ち上げて優しく微笑んだ。
「……言ったろう? 君のことを『確かめる』って」
(第18話・了)




