第19話:鏡の破片と夕空の絆
囚われた澪の顎を、嵐は指先でそっと持ち上げ、優しく微笑んだ。
「……言ったろう? 君のことを『確かめる』って」
「何を確かめるっていうの!?」
「真実をだよ。君の嘘を暴く」
そう言いながら、嵐はポケットへと手を忍ばせる。
「嘘なんてついてない! 知ってることはこの前全て話したじゃない! 何する気!?」
「このペンダントを君につけて喋ってもらうのさ。これは教会の人が隠し持っていた魔道具——『告解の鎖』。これをつけて確かめさせてもらうよ。真実しか語れなくなるペンダントでね、僕の質問に答えてもらう」
取り出したペンダントをせせら笑うように見せつけると、嵐は澪の首元へと手を回し、鎖を装着させた。前髪を掻き上げ、逃げ場を塞ぐように両目を覗き込んでくる。
「……君は、誰?」
「私は……私は、深月澪! 私は……火事なんて知らないわよ!!」
叫ぶと同時に、澪は腕を一気に振り抜いた。
会話の裏で密かに力を用い、身体を縛るツルから水分を直接抜き取り、乾燥させて脆くさせていたのだ。自由になった両手を突き出し、ゼロ距離で強烈な水圧を嵐の胸元へ叩きつける!
「くっ……!?」
着地ざまに首元のペンダントを力任せにちぎり捨てた。直後、嵐から放たれた無数の棘の射撃をギリギリでかわす。狭い万華鏡の空間で、嵐が追撃のため一気に間合いを詰めてきた——その瞬間。
頭上から、ドガァン! とけたたましい音を立てて大型の照明器具が落下してきた。
「きゃぁぁあ!?」
「何だ!?」
激しい火花とともに館内の全電源が落ち、周囲は一瞬で漆黒の闇に包まれる。館内のあちこちから客の悲鳴が上がり、混乱が広がる。
嵐は闇の中に薄っすらと浮かぶ人影へ、躊躇なく植物の刃を繰り出した。しかし——手応えはない。刃が触れた瞬間、人影は大量の水しぶきとなって弾けた。
(なっ……水の残像……!?)
暗闇と鏡の反射を利用した澪の仕掛けに嵐が目を見張った瞬間、横合いから圧倒的な殺気が肉薄した。
振り返る時間すら与えない爆速で、澪の鋭い蹴りが嵐の胸元へと突き刺さる!
「ガハッ……!?」
床へ激しく叩きつけられる嵐。その威力と衝撃波で、狭い通路の鏡が幾重にも割れ落ち、耳を劈く破片の音を響かせた。
大きな物音を聞きつけ、スタッフや他の客の足音が近づいてくる。嵐は床に転がったペンダントを素早く拾い上げると、闇の奥へと消え際に言い捨てた。
「……また、会いに行くよ」
直後、懐中電灯を持ったスタッフが駆け込んできた。
「どうしたんだ、これは!?」
「す、すみません……! 落ちてきた照明にびっくりして……防御魔法を張ろうとしたら上手くコントロールできなくて、鏡を割ってしまいました……」
「はぁ……怪我がないなら大丈夫だよ。落ち度はこちらにある、すまなかった。外へ誘導するよ」
深々と頭を下げるスタッフに申し訳なさを覚えつつ、澪はほうっと安堵の息を吐きながら外へと脱出したのだった。
◇
ミラーハウスを出ると、二番グループのメンバーはすでに外で待っていた。
「深月さん大丈夫!? なかなか出てこないから心配したんだよ?」
「大丈夫! ありがとう、ちょっとスタッフさんとの合流が遅くなっちゃって」
場を紛らわすように笑う澪。
ミラーハウスが設備点検で運行休止となる中、一行は午後の最後の目的地である『大観覧車』へと向かった。
「やっぱり遊園地の締めは観覧車だよね〜!」
「女子は好きだよな、そういうの」
みんながはしゃぎ合う隙から、炤が澪の隣にすっと寄り添い、小さく問いかけてきた。
「お前……大丈夫だったか?」
「え? ミラーハウスのこと? 大丈夫だよ、ありがとう!」
そのまま列に並び、いよいよ自分たちの順番がやってきた。誘導のスタッフが「次の方どうぞー」と案内し、先頭にいた宇佐美が振り返る。
「赤霧くん、一緒に——うわぁぁぁ!?」
宇佐美言い終わるより早く、突如として列の間を猛烈な『突風』が吹き抜けた。風に身体を押された宇佐美は、そのまま吸い込まれるようにゴンドラの中へと押し込まれてしまう。
遠くのベンチからその光景を見守っていた刹那と夜一は、顔を見合わせて満面の笑みでガッツポーズを作った。
「「グッジョブ!!」」
「はいもう一人、早く早く!」
「あ、はいはい!」
スタッフに促され、目の前にいた岡本が半ば強引に宇佐美と同じゴンドラへ押し込まれる。
「僕たち先に行っちゃうね」
西連寺も自然な動作で蓮見を引き連れて次のゴンドラへ乗り込み、残されたのは澪と炤の二人だけになった。
「次の二人組み、どうぞ!」
案内されるまま、狭いゴンドラへと足を踏み入れる。扉が閉まった瞬間、まるで別世界に迷い込んだかのような静寂が二人を包み込んだ。
窓の外は、息をのむほど美しいオレンジ色の夕焼け空が広がっている。
赤く熱を持つ自分の耳元が見られていないかヒヤヒヤしている澪に、炤が不意に声を落とした。
「……お前の手、どうしたんだその傷」
指さされた右手の甲を見ると、外側に小さな切り傷ができていた。
(全然気づかなかった……)
「あ……私がいた場所にちょうど照明が落ちてきたの。たぶん落下の衝撃で破片が飛んできたんだと思う」
「痛くないか?」
「うん、大丈夫」
「そっか。ならいいけど」
それだけの、何気ない会話。それでも二人はお互いに目を見合わせることができず、沈黙の中で夕映えの街並みを見下ろしていた。
◇
遊園地をあとにし、打ち上げのカラオケがある駅前に降り立った一行。みんなが店へ向かおうとした時、炤がみんなの会話を遮った。
「みんなは先に行っててくれないか? 俺たち、コンビニで絆創膏買ってから行くから」
そう言って澪へ視線を向ける。
「了解! 気をつけてな!」
「みんなには僕たちから伝えておくよ」
岡本と西連寺が頷き、他のメンバーはカラオケ店へと向かっていった。残された澪は焦って声を上げる。
「ちょっと待ってよ! これくらいの傷、本当に大丈夫だってば!」
「うるさいな……黙ってついてこいよ」
「はぁ!? 何それ、心配してくれてたんじゃないの!?」
「……せめて消毒くらいしとこうぜ。ちょっと赤くなってるし。ここで待ってろ」
コンビニの前につくと、炤はそう言い残して店内へ入っていった。すぐに絆創膏と消毒液、ティッシュの袋を手に戻ってくる。
「……手ぇ、出せ」
「自分でできるよ!」
「いいから……手、出せって」
「う、うん……」
差し出された澪の手を、炤の大きな手がそっと下から包み込む。
消毒液が染みる痛みも、夕空に染まる二人の頬と同じように赤く、静かに心へと染み込んでいくのだった——。
(第19話・了)




