第15話:不器用な温度と動き出す影
「いいんじゃねぇの? 別に。ずっとそんな気張って無くても、少し自分に優しくなれよ」
そう言う夜一の横で、歩きながら下を向いていた炤がふと顔を上げた。
「俺もいるんだから、自分のやりたいことやれよ。抱え込みすぎるなよな!」
「……そう言われてもな。俺には……まだよくわからない」
「そうだろ? お前の人生なんだからさ、自分に素直に生きろよ」
夜一の言葉に、炤は静かに考え込む。その重い空気を振り払うように、夜一がいたずらっぽくニッと笑った。
「……あのパーティーの夜みたいにさ」
炤はピタリと足を止め、目を見開いて夜一へ顔を向けた。
「……は?」
「何驚いてんだよ。一応俺にも立場ってもんがあるんだよ?」
「……お前なぁ」
頭を抱え、少し照れくささを見せながら苦笑する炤。
夜風の中に心地よい笑い声が溶け込み、重かった空気は温かな温度へと変わっていく。二人は再び、静かな帰路を歩き出した。
◇
翌日の訓練場は、独特の緊張感に包まれていた。
今日の授業は、実技・対人戦・魔力測定を同時に行う「魔力総合訓練」。生徒たちがそれぞれの課題に励む中、対人戦の順番待ちをしていた澪は、一人壁際に立っていた。
(あの嵐って子の話し…どういうこと? それに、昨日の歴史の授業……)
消えない違和感と、重く突きつけられた「王族」の宿命。
頭の中でどんどん膨らむ不安と恐怖に囚われ、澪は訓練中であることすら忘れて思考の渦に没入していた。
その時——対人戦のエリアから、操作を誤った強い魔力弾が一直線に澪に向かって飛来した。
「深月! おい、深月!!」
遠くで叫ぶ声が聞こえない。無防備な澪へ、容赦なく衝撃が迫る。
「——澪っっ!!」
ハッと意識が現実に戻った瞬間、目の前が一面の「炎の壁」で覆尽くされた。
ドォンッ!!という衝撃音と共に攻撃が相殺され、激しい熱気が頬を撫でる。
炎が消えゆく先——肩で息をしながら自分を庇うように立っていたのは、炤だった。
「あ……ありが——」
「何こんなところでボーッとしてんだよ!!」
「ご、ごめん……」
「危ないだろ! しっかりしろよ!」
状況と感情が追いつかない澪は、カッと顔を熱くして言い返してしまう。
「だから謝ってるでしょ!? そんなに怒るなら、ほっとけばよかったじゃない!」
「お前、何言って——」
「深月! 来なさい」
二人の会話を遮るように、教官の声が響いた。
集中力を欠いていたことを厳しく叱責され、顔色の悪さを指摘された澪は、そのまま医務室へ行くよう命じられたのだった。
◇
午前の授業が終わり、昼休み。
医務室の重いドアを開けて外へ出た澪を迎えたのは、壁に背を預けて立っていた夜一だった。
「よっ。大丈夫だったか?」
「うん……ありがとう、柊くん」
「怒らないでやってくれよ。あいつ、お前のことが心配なんだよ」
「え……?」
「口が悪くてキツい態度取る時もあるけどさ……あいつ、ただの不器用なんだよ」
夜一の優しい言葉に、澪は胸の奥が温かくなるのを感じながら静かに頷いた。
更衣室で着替えを済ませ、教室へ戻ると、いつもの席に炤が座っていた。
澪はその前に歩み寄り、そっと頭を下げる。
「赤霧くん……さっきは、ありがとう。怒ってごめなさぃ」
「……もう大丈夫なのか?」
頭を上げると、炤が心配そうに覗き込んできた。ゆっくり頷く澪を見て、炤はホッと小さく息を吐く。
「そっか。俺も怒鳴って悪かった。……顔色、良くなったな」
「……うん」
優しく目を細めて笑う炤に、澪も胸のつかえが取れたような満面の笑顔を返した。
◇
同じ頃。廃墟と化した古い教会の一室。
資料が乱雑に散らばる机に肘をつき、嵐は深く考え込んでいた。
(これだけの記録と資料をくまなく見直した……だが、何度調べても結果は同じだ。……全てが一致しているのに、彼女は本当に何も知らない様子だった。僕に嘘をついているのか? それとも、何も知らずに生きてきたのか……?)
机の上の資料を一枚掴み、じっと見つめる。
「……自分で確かめるしかないな。何が真実なのかを……」
嵐は資料を机の上に投げ捨てると、静かに立ち上がった。
「その力……試させてもらおうか」
何が真実で、何が偽りか。自らの手で暴き出すため、少年は再び夜の闇へと動き出す——。
(第15話・了)




