第14話:隠された血統と小さな芽生え
「——以上が、約数百年前の『元素大戦争』における王家隠遁の経緯だ」
教壇に立つ教師の淡々とした声が、静かな教室内に響いていた。
黒板には、複雑に絡み合った四大元素の家系図と、惨劇の年表が大きく書き出されている。
かつて平和に交流していた四大元素の王族たち。しかし、地の後継者と水の後継者が結ばれたことをきっかけに、歴史は狂い始めた。地の後継者に想いを寄せていた風の後継者が嫉妬に狂い、水の後継者を殺害。兄弟の怒り、地の嘆き、それを収めようとした火の王族まで巻き込み、世界は焦土と化した。
戦いを終わらせたのは、遺された地と水の後継者(幼い子ども)だったが——その傷痕はあまりにも深かった。
「王族を悪と蔑む者たちが現れ、二度と惨劇を起こさぬよう、王族たちは自らの身分を隠して市井に紛れた。他元素の王族からすら正体を隠し……そして、異元素の王族同士が結ばれることは絶対の『タブー』とされたのだ」
ノートにペンを走らせていた澪の手が、ピタリと止まる。
(……分かってる。私が『水の王族』の末裔だって事……)
自分の真の血統を知っているからこそ、胸の奥が締め付けられるように痛む。
正体を隠さなければならない宿命。それなのに、自分の正体を知る「嵐」という少年が現れた。
(誰にも……話せるわけない。私が王族だってバレたら、お父さんたちにも迷惑がかかる……)
小さく息を呑み、澪はそっとペンを握り直した。
◇
放課後。自宅へ戻った澪は、夜の営業に向けて制服から私服へ着替えるため自分の部屋へと入った。
学習机の上には、小さなグラスに挿された一輪の深紅のバラが置かれている。
土曜日の夕暮れ、あのイバラの少年——嵐から手渡されたものだ。
鮮やかな赤色を見つめながら、澪はポツリと呟く。
「……嵐。一体何者なの……? どうして私を知ってるの……」
問いかけても、深紅の花弁はただ静かに佇んでいるだけだった。
◇
『喫茶 雲母』の店内には、夕方の落ち着いた時間が流れていた。
ホールのテーブル席には、見慣れた顔が揃っている。炤と、その隣でどこかひょうひょうとした笑みを浮かべる少年・夜一。そして、刹那の三人だ。
「この組み合わせ、どうしたの?」
「さっき来たら満席で、ちょうど赤霧くんと柊くんがいたから相席させてもらったの」
身を乗り出して楽しそうに話す刹那に、澪は笑顔で紅茶を運ぶ。
「勝手に座って来たんだろお前」
そう言う夜一に刹那はニコっと笑い
「まぁいいじゃん!別にダメだって言って無かったじゃん!澪の家の紅茶楽しみにしてたんだよ」
「ありがとう刹那!今日は一緒に飲めなくてごめんね!でも次は何かサービスするよ」
仲良く話す女子二人の姿を、夜一は静かに見守り、炤はどこか考え込むような目で澪の横顔を見つめていた。
「……深月。お前、なんか顔色悪くないか?」
ふと、炤が低く掠れた声で問いかけてきた。
澪は一瞬身体を強張らせたが、すぐに柔らかい笑みを作って首を振る。
「ううん、大丈夫! ちょっと昨日の疲れが残ってるだけ。気にしないで赤霧くん」
そう言って厨房へ戻っていく澪の後ろ姿を、炤は苦々しい表情で見送った。誤魔化されているのは一目瞭然だった。
◇
喫茶店を出た帰り道。
海風が吹き抜ける夜の街並みを、炤と夜一は二人並んで歩いていた。
「……炤。お前、珍しいな」
夜一が静かに口を開く。
「……何が?」
「女の子の心配してるの初めてみたよ」
少し笑いながら言う夜一。
「別にそんなんじゃないけど…」
炤はポケットに手を突っ込んだまま呟いた。
「日曜のバイトの時も、急に不機嫌になったかと思えば、今日の授業中も……どこか遠くを見てて…何考えてんのかわからないんだ」
「ほう……。お前が、そこまで一人の女子に執着するとはな」
「執着とかじゃねえよ! ただ……」
言葉を詰まらせる炤に、夜一はフッと口元を和らげ、どこか深みのある視線を夜空へと向けた。
「いいんじゃねぇの?別に。ずっとそんな気張って無くても、少し自分に優しくなれよ」
(第14話・了)




